栗原はるみ、70代から始めたアコースティック・ギターを語る──“自分のやりたいことに年齢は関係ない”

日本を代表する料理家として、長きにわたって人々の暮らしに彩りを添えてきた栗原はるみ。そんな彼女は70代半ばを迎えてから、完全未経験でアコースティック・ギターを始めたという。

佐野元春 & THE COYOTE BANDとの交流をひとつのきっかけに楽器を手にした彼女は、いかにしてギターの魅力に引き込まれていったのだろうか。そこで、アコースティック・ギターとの出会いや普段の練習について、また栗原が考えるアコースティック・ギターの魅力について、じっくりと話をうかがった。

“やりたいと思った時が、一番良い時”──そう語る彼女の瞳は、ギターへの情熱に満ち溢れていた。

取材・文=角 佳音 写真=小原啓樹

“(佐野さんの)「約束の橋」が弾きたい”と言ったんです

──栗原さんがギターを始めたきっかけを紐解くと、佐野元春 & THE COYOTE BANDの名前が出てきますね。佐野さんや、ギターの師である高桑圭(THE COYOTE BANDのメンバー、ほかにCurly Giraffeなど)さんとの交流の経緯から教えてください。

 夫が亡くなってから、まだそんなに経っていない時期に、テレビで「SONGS」(NHK放映の音楽番組)をやっていて、そこに佐野さんが出てきたんです。実はそれまで佐野さんのことはまったく知らなかったんですよ。もともと芸能人に疎くて、知ってる人も少ないんだけど、その番組を見て“こんな方がいるんだ”と思って。

 ものすごくかっこよくて、音楽もすごく良かったので、次の日にそのことをスタッフたちに話したら、“何を言ってるの? 知らなかったの?”って言われたんですよ(笑)。

 その頃、以前に発行していた雑誌(『haru_mi』)がちょうど100冊目の最終号のタイミングだったんです。編集はだいぶ進んでいたんですけど、まだ少しスペースがあったので、ゲストで佐野さんをお呼びしたんです。この時は、今の雑誌(『栗原はるみ』)を始めるとは思っていなかったので、自分の人生で雑誌を作るのはこれで最後だし、佐野さんに絶対出てほしいと思ったんです。人生の記念として。

──その念願が叶って、佐野さんと対談されたんですね。

 私は緊張しすぎて、ほとんど喋っていないんですけどね(笑)。佐野さんに食べてもらおうと思って、料理もたくさん作ったんですよ。そしたらとても喜んでくださいました。

 普通は、取材が終わったら二度も三度も会わないですよね。でも佐野さんが“僕のライブがあるから来ませんか?”って言ってくださって、ライブにも行かせてもらったんです。

──その頃はまだギターを始めたいとは思っていなかったんですか?

 全然思っていなかったです。

──では、そこからギターを始めるまでの経緯としては?

 雑誌『栗原はるみ』に“習い事”という連載企画があるんですけど、次は何を習おうかと考えていた時に“ギターがあったな”と思ったんですよ。実はこれまで、楽器を習いたいと思ったことは1回もなかったんですけどね。

 この頃にはもうコヨーテのメンバー全員でうちにご飯を食べに来たこともあって、高桑君とは連絡先を交換していたんです。それで、“ギターを教えてくれる人はいないか”と高桑君に相談したんですよ。彼はベーシストだから、ギターは弾かないと思っていたんだけど、“僕が教えても良いですよ”と言ってくれたんです。

──初めてアコギを弾いた時の感覚は覚えていますか?

 どうだったかな。でも高桑君が“(栗原は)Fコードがパッと弾けたから、見込みがあると思った”と言ってた(笑)。“本当かな?”と思ったけど(笑)。

──高桑さんから一番最初に習ったのは「約束の橋」(佐野元春/1989年リリース)なんですよね。

 “何の曲をやりたいの?”と聞かれたので、“「約束の橋」が弾きたい”と言ったんです。この曲は、高桑君もバンドではベースで弾いている曲だから、それも良かったんですかね。

自分のやりたいことに年齢は関係ない

──高桑さんとのレッスンはどのように行なっていたんですか?

 毎回、おやつの時間も含めて2時間ぐらいですかね。不定期でやっていました。

──レッスンの中で印象に残っていることはありますか?

 「約束の橋」はくり返しもあるので、“一段でいいからコードを覚えて”と言われていました。譜面を見ていると覚えないし、目線が譜面にいってしまうと手元にも集中できないんですよ。

 それに高桑君はプロだから、普通にジャカジャカ弾く時も何か小気味良いこと、楽譜にはないことをしているんですよね。だから“それ、教えてもらってませんけど?”みたいに言って、そういうのもちょっとずつ教えてもらっていましたね。

──先生がプロのミュージシャンだからこそですね(笑)。

 技術がすごいからね。プロだから良かったのかも。

 やっぱり習う相手って大事だと思うんです。彼ともいつも話すんですけど、相性は大事ですね。どんなにギターが上手でも、相手との相性が良くないとなかなか続かないかもしれない。

──レッスン以外でも、自主練をしていたんですよね?

 「約束の橋」は、毎日毎日練習していました。いつになったら上手になるのかなと思っていたけど、1曲弾けるようになるまでは案外早かった。やればできるんだと実感しました。なんとか1曲弾けるようにならないと始まらないですものね。

──1曲弾けるようになると、それが自信につながりますよね。

 それは本当に実感しています。料理と同じですね。料理も、基礎からやるよりも、一番最初に自分が食べたいものを習ったほうがいいんですよ。1個できるようになると、自信になって、楽しくなる。進んだあとで元に戻ることもできるしね。

 あとはやっぱり、自分のやりたいことに年齢は関係ないなと思いますね。私は来年80(歳)になるけど、年齢は関係ないとつくづく思います。“やりたい”と思った時が一番良い時ですよね。“もう年だから”と思うと何もできないから。

──ギターに関して、現在の目標はありますか?

 私が結婚した年、実は夫とロサンゼルスに行くはずだったんです。ところが夫は突然行けなくなってしまって、彼の友人たちと行くことになったんです。

 その中にものすごく音楽通の人がいて、その人たちに“このブレッドというグループがこれからすごく人気になるから、LP(『THE BEST OF BREAD』/1973年)を買ったほうがいい”と言われて、購入したんですよ。

 そのLPに入っていた「Everything I Own」と「If」という曲が私は大好きで。この2曲を弾けるようになって、夫に聴いてもらいたかったです。

 だからこの2曲をアコギで上手になるのが今の目標です。今は、弾けなくはないけど上手ではないので練習中ですね。

栗原はるみ

“弾いてみたい”と思う曲を選ぶようになったかも

──ギターを始めた入り口には佐野さんの音楽があると思いますが、元々の音楽的バック・グラウンドとしては洋楽がお好きですよね。

 そう。1970年代の音楽ですね。夫も音楽好きな人だったので、そういう影響もあるんでしょうね。

──最近、よく聴いている音楽はありますか?

 その頃の音楽を聴くことが多いけど、最近良いなと思ってよく聴いているのはアルフィーかな。彼らの人柄も好きなんですよ。あの人柄だからああいう良い音楽できるんだなと思ったんです。それからミッチー(及川光博)も。彼は歌が上手ですよね。

 あとは私、ダムドが好きなんです。ピストルズも好きだし、クイーンやイーグルス、フィル・コリンズ、もちろんビートルズも。一時はエルトン・ジョンもよく聴いてました。テイラー・スウイフト、エド・シーランも聴きます。

──ジャンルが幅広いですね。ギターを始めてから、好きな音楽に変化はありますか?

 ダムドを好きになったのはギターを始めたあとだから、やっぱりギターの影響はあるかもしれないですね。ただ聴くだけじゃなくて、“弾いてみたい”と思う曲を選ぶようになったかもしれない。

 それから高桑君のオリジナルにも良い曲がいっぱいあるんです。「Necessary evil」(Curly Giraffe『FLEHMEN』収録/2012年)という曲は、ベースがすごくかっこいいんですよ。

 それで実は高桑君に「Necessary evil」のベースとドラムを教えてもらっているんです。ギターはなんとなく弾けるようになったから、今はベースをやっていて。高桑君とパートを決めてセッションしたりして、“いつかライブでやろう”なんて話したりしています。

──ドラムも習っているんですか?

 まだ初歩ですけどね。「Necessary evil」のドラムを教えてもらっています。

栗原はるみ

真摯に向き合って、やるべきことをちゃんとやって、初めて普通に弾ける

──ベースとドラムの話が出てきましたが、最近はエレキ・ギターも弾いていますか?

 最近は、エレキの曲をアコギで練習しているんです。例えば「アンジェリーナ」(佐野元春/1980年リリース)だったり、テンポが速い曲をアコギで弾くのがすごく楽しいんですよ。難しいんですけどね。

 エレキだとある程度弾ければ上手に聴こえるけど、アコギはちゃんと音を出さないときれいに聴こえないじゃないですか。それが良い勉強になるなと思っているんです。

──アコギではごまかしが効かないですよね。

 全然効かない。だから、なるべくいつもコードをきちんと弾くようにしています。そういう意味で、アコギは美しく、ちゃんと弾かないといけないというのが良いですよね。

 あと、マネージャー曰く、以前私は“エレキが上手になるには、まずアコギが上手にならないとダメ”と自分自身によく言っていたみたい。“アコギを練習すれば、エレキもさらに楽にきれいに弾けるようになるから、アコギは素晴らしい”って。

 なんだか私、良いこと言ってるね(笑)。だからもしエレキから始めていたら、アコギは難しく感じるかもしれませんね。

──改めて、栗原さんが思うアコースティック・ギターの魅力とは?

 アコギは、努力が必要。練習しても練習しても、簡単にその音色は出ない。コードをきちんと押さえないといけないし、右手の動きも確実にやらなかったら、きちんとした音色が出ないじゃないですか。

 真面目に取り組まないと上手にならないと思います。真摯に向き合って、やるべきことをちゃんとやって、初めて普通に弾ける。

 ちゃんと弾けるようになったあと、良い音色を出すためには努力しかない。ただ鳴らすことはできても、自分も他人も“良い”と感じる音色を出すまでにはかなりの練習が必要。

 だからその訓練というか、自分を戒めるためにアコギは良いなと思いますね。何事もそうですからね。ギターだけじゃなくて、仕事もそうだけど、やっぱり似ているところがあるなと思います。

 そしてそれを楽しんでやるしかないですよね。苦しんだら楽しくないから。楽しんで、一歩一歩やる。あちこちに手をつけるのもいいけど、確実に1曲ずつちゃんとやっていくのが良いのかなと思います。

 アコギはごまかしが効きません。そういうところが案外好きかもしれないですね。

栗原はるみと愛用ギター

栗原はるみ

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