グラミー賞ノミネート歴を持つ、エミリー・キングの作曲法とアコースティック・ギター

10代の頃からニューヨークの音楽シーンで、アコースティック・ギターを手に活動を続けているシンガー・ソングライター、エミリー・キング。ジャズ・シンガーの両親のもと、多感な年頃にさまざまな音楽を浴びて独自の感性を育み、独自の世界観を構築。これまで4度のグラミーにノミネートされてきた実力派だ。2026年5月にブルーノート東京で行なわれた日本公演では、彼女の艶やかな歌声とウィットに富んだ音づかいによるアコースティック・サウンドで、観客の喝采を集めた。この来日を機に、彼女の作曲方法や、来日時に持ってきた彼女の愛用ギターについて、たっぷり話を聞いた。

質問作成・取材=肥塚晃代 インタビュー/翻訳=坂本 信 写真=衣斐 誠
取材協力:ブルーノート東京

できるだけシンプルにしつつ、意外性も加えたい

──アコースティック・ギターとの接点はどのように生まれたのですか?

 アコースティック・ギターが私にとっての最初の楽器なんです。もともとシンガー・ソングライター・スタイルの音楽が大好きで、幼い頃から自分でも曲を書きたいと思っていたんです。いろんな楽器の中でもアコースティック・ギターは持ち運びに便利な道具だったというわけですね(笑)。

──ギターは独学ですか?

 15歳頃、先生に習っていました。先生は週1回家に来てくれて、私が好きだった曲の弾き方を教えてくれたんです。当時の私はレッド・ホット・チリ・ペッパーズに夢中だったので、「アンダー・ザ・ブリッジ」などの曲を習っていました。でも練習していなかったので、毎週“どうして練習しないんだ!”って怒られていました(笑)。

エミリー・キング

──ご両親はジャズ・シンガーですが、ジャズの影響は受けていますか?

 ええ、両親がステージやリハーサルで歌うのをいつも聴いていたので、無意識のうちにかなり影響を受けました。ジャズの高度なメロディは私の音楽的背景になっていて、私が単調なメロディよりも、古いジャズ・スタンダードで聴かれるような色彩感の豊かなメロディに惹かれるのも、そこに理由があると思います。

 ジャズ・スタンダードの詩的かつ知的な語り口や、時として予想もしないようなストーリー展開も、自分なりの方法で参考にしています。もちろん、私はジャズ・ギタリストのようには弾けないので、より単純化した形で取り入れていますけれどね(笑)。

──今お話にあったように、あなたの歌のバックで鳴っているコードは、ジャズの影響が感じられます。曲にハーモニーを付ける時には、どのようにしているのですか?

 例えば、一般的にストリングスを使うようなパートで、自分のバックグラウンド・ボーカルで和音を用いています。でも最近は、バックグラウンド・ボーカルよりもむしろ、リード・ボーカルのパートで、音数が少ない中、ハーモナイズするようにしています。

──そういったボーカル面での洗練されたジャズ的な感覚は、ギター・パートとどのように結びつけていますか?

 ギター・パートを考える時には、最初にベース・ラインを作るところから始めることが多いですね。ボーカル・パートはギターを使わずに作って、その伴奏としてベース・ラインを考えるんです。そして、コードはトライアドなど、できるだけシンプルなものにしますが、曲には意外性も加えたいので、なるべくシンプルなままで、一般的には使わないようなボイシングを考えるようにしています。

 例えばジェレミー・モスト(註:エミリーの作品の多くでプロデュースを務める作曲家兼ギタリスト)が何年も前に教えてくれたコードがあって、コード・ネームはわからないけれど、その新しいコードを使って「Georgia」(2011年『SEVEN』収録)を書きました。自分で心地良いと感じたコードを並べるように作っていったんです。音楽理論はわからないので、それまで知らなかったコードに驚くこともありますが、メロディにしたがっていくようにしています。

 ジェレミーはとてもユニークなサウンド感の持ち主で、何かコードを弾けばすぐに彼だとわかるほどギタリストとしても個性的です。これまでは彼にアルバムをプロデュースしてもらっていましたが、今制作中の新しいアルバムは、私自身がプロデュースしています。

──新作の方向性は、これまでとは違うのですか?

 ええ。カントリーの影響がより強くなっています。また私がプロデュースするということで、ジェレミー・プロデュース時よりもシンプルなサウンドになっています(笑)。ジェレミーと作る時はいろいろな音を重ねた繊細なサウンドになるのに対して、私のサウンドは音数が少なく、アレンジの中に埋もれてしまうような音はなくて、すべての音が聴き取れるようになっています。

──代表曲のひとつ「Distance」は、『The Switch』(2015年)収録のオリジナルと、アコースティック集『Sides』(2020年)収録バージョン、そしてシングル「Distance Demo」(2026年)という、3つのバージョンがありますが、“デモ”を発表したのはなぜですか?

 「Distance Demo」は家でコンピューターを使って録音したものです。もともと“デモ”を集めたアルバムを出そうというアイディアがあったんです。ミュージシャンというのは“デモ”が好きなんですよ(笑)。たいていは最初に思いついたものがベストだと思っていますしね。

 それに「Distance」が私の曲の中で一番人気になるとは思っていなかったのですが、感謝の意味もあって“デモ”を発表しました。みんなも最初に形になった時のものを聴いて楽しんでくれるだろうし、カバーしてもらえるなら、基本的な部分が聴けたほうがやりやすいと思ったんです。

最高の歌とは、感情とメロディと歌詞のすべてが同じ“言語”で語っているもの

──歌の元になるアイディアからひとつの楽曲として完成させる時に、決まった方法はありますか?

 ソングライターというのは概して記憶力が良いと思うんです。それまでに聴いたことのある曲を全部覚える必要がありますから(笑)。いろいろな歌の形式が頭の中でデータベース化されているので、それを元に曲を完成する方法を決めていきます……技術面ではそういう形ですね。

 感情面では、ある瞬間に強く感じるものがあったら、その感覚が作曲のきっかけになるわけですが、そこからはインプロビゼイションで、思いついて口ずさんだアイディアを録音します。特に何も考えずにチャネリングしている様子を記録しておくわけです。

 その中で自分が気に入ったと思う要素が見つかったら、“データベース”を参考にしながら曲を組み立てていきます。“ああ、ここでブリッジにいくと良さそう……そういう曲をどこかで聴いたことがある”という風に、自然に思いつくものとそれまでに蓄えたものを組み合わせたり、偶然生まれたものと意図的に作ったものを組み合わせたりします。

──歌のきっかけになるアイディアの元は、歌詞とメロディが一緒になったものですか? あるいは歌詞の一部や、メロディーの断片など?

 それどころか、赤ちゃんが“オギャー”と声を上げるようなものだったりすることもあります。つまり何かを感じて表現したいんだけれど、言葉にならずに音だけがある、みたいな(笑)。

 でも、何らかの感情があるのは確かで、歌いはするものの“私はいったい何が言いたいんだ?”となる(笑)。それを分析していくと、みんなで理解できるものが見えてくるわけです。

 もちろん、歌詞とメロディを同時に思いつくこともあります。その場合、最初は自分自身との会話だったものを、ほかの人たちにとっても意味のあるものに作り上げていくことになります。

 私はメロディを最初に思いつくことが多くて、そこに感情がついていきますが、思いついた瞬間には良し悪しを判断しません。思考の自然な流れを中断したくないからです。メロディが自然に流れるような、自由な状態を維持することが大切です。最高の歌というのは、感情とメロディと歌詞のすべてが同じ“言語”で語っているものだと思うからです。そして、そういう歌を作るには、考え過ぎないことが大事だと思います。とても繊細なプロセスですから。

自然だと思うような表現を心がけている

──今回の来日公演に持ってきたアコースティック・ギターについて教えてください。

 これはバージニア州シャーロッツヴィルにある、ロックブリッジ・ギターというブランドのギターで、7年ぐらい前から使っています。特別に指板にバラのインレイを入れてもらいました。弦はフラットワウンドを張っています。

Rockbridge Guitar Company
ロックブリッジ・ギターの00タイプ・ボディ。ボディ・トップはシダー、サイド&バックはローズウッドが用いられているそう。アメリカの公共放送NPRのアコースティック・ライブ・シリーズ”Tiny Desc Concerts”では本ギターを手にするエミリーの姿を見ることができる
指板インレイ
指板にバラのインレイがほどこされている
動画でエミリー手にしているのがロックブリッジ・ギター

──アコギにフラットワウンド弦を張っているのは珍しいですね。

 ええ、フィンガー・ノイズが出ないのが良いんです。右手の爪も痛みにくいし(笑)。ナイロン弦ギターも大好きです。エレキ・ギターの世界にはまだ足を踏み込んでいませんが、新しいアルバムでは、今回の東京公演でも共演しているランディ(ルニオン/g)にいろいろと教えてもらいながら使ってみようと思っています。

──『Special Occasion』(2023年)収録の「This Year」では、ナイロン弦ギターを使っていますね?

 ジャズの世界でも、ホロウ・ボディのエレキに加えて、ナイロン弦ギターもかなり使われていますよね。スタン・ゲッツとか、ジョアン・ジルベルトやカルロス・ジョビンのようなブラジル音楽にも惹かれているんです。

──いろいろな音楽が、あなたの作風に影響しているんですね。

 たくさんの種類の音楽に影響を受けていますが、自分が自然だと思うような表現を心がけています。曲を書く時には、楽しさや落ち着き、悲しみといった、いろいろな感情を表現するためのツールとして、ファンクからカントリー、R&B、クラシックなど、ありとあらゆる音楽の要素を使い分けるようにしています。

ブルーノート東京での来日公演の様子
ブルーノート東京で行なわれた来日公演の様子。写真左よりティム・スミス(per,cho)、エミリー・キング(vo,g)、ランディ・ルニオン(g,b,cho)

ギターは私にとってとても大切で
自分の持てるものすべてを表現するのに役立っている

──「Medal」(『Special Occasion』収録)のシンプルなアレンジをはじめ、ライブでのあなたは必要な時にだけギターを弾いているように感じました。それがあなたのギター・パートをとても効果的にしていると思います。

 ありがとうございます。歌いながら弾くのは、実は得意じゃなくて(笑)、自分ができるところだけやっているんです。

 それに私は空間を利用するのも好きで、音楽がゆったりと呼吸できるようにしたいので、本当に必要な部分でだけ音を鳴らすようにしています。音数が多すぎると、雑音のように聴こえてしまうんです。

 いろんな音がたくさん鳴っていても素晴らしい音楽はたくさんありますが、私は最小限の音でできている音楽が好きですね。自分の家の中に必要最小限のものしか置いていないのと同じように。コーヒーメーカーとベッドと……あとは何かしら(笑)。

──ギターを弾く時も複雑なテクニックは使わずに、親指だけでコードを鳴らしたり、指弾きでシンプルなアルペジオを弾いたりする程度という点も、必要な音だけを出そうとしているからなんですね?

 もともとピック弾きは苦手だということもあるし、指弾きだと楽器があまり大きな音で鳴らずに、個々の音が聴きとりやすいという理由もあって、指弾きのスタイルで弾いています。

 リズムを弾くのも大好きなんですが、フィンガー・ピッキングだと爪が削れてしまうので、リズムを弾くにはあまり実用的ではありません。でも、このやり方で慣れてしまっているので。私は大きな音で演奏するのが得意じゃないし、許容できるサウンドの範囲も音楽作りのスタイルに影響していると思います。聴覚学者に検査してもらったことがありますが、私の耳は特定の周波数帯に対して敏感だそうで、そういった生来の身体的な性質の影響はあるでしょうね。

 それはともかく、ギターは私にとってとても大切で、自分の持てるものすべてを表現するのに役立っていると思います。私はずっと以前から、歌うだけで自分自身を最大限に表現することはできないと認識していて、そのためには何らかの補助が必要でした。そして、アコースティック・ギターがその役割を果たしてくれています。

エミリー・キング
来日公演が行なわれた会場、ブルーノート東京の前で

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