初めて聴く声なのに昔から知っているような、不思議な感じがしたんです──藤井圭介
──まずはふたりの出会いから改めて聞かせて下さい。藤井さんが折坂さんの楽曲を初めて聴いたのは、2017年頃だそうですね。
藤井 土曜日に放送しているゴンチチさんのNHKのラジオ(NHK-FM『世界の快適音楽セレクション』)で聴いたんです。土曜日は出勤したりしなかったり、時間もまちまちなんですけど、たまたまその時間に車で出勤していて。そしたらラジオからすごくカッコ良い曲が流れてきたんです。
で、どうやら生演奏しているっぽい。ということは今の人なのかな、と。ただ、初めて聴く声であることは間違いないんですけど、昔から知っているような不思議な感じがしたんです。
──その感覚はすごくわかります。
藤井 そのあと色んな人に“折坂悠太、めっちゃ良いよ”って個人的に薦めていたんですよ。で、ある展示会の打ち上げで音楽ライターの菊池(真平)さんと席が隣になった時に、“菊池さん、知ってますか?”って聞いたら“知ってますよ。共通の知り合いがいるかもしれないから、つなげましょうか?”って言われたんです。
当時は折坂さんのギターが作りたいと思って言っていたわけじゃなかったんですけど、断るのも変なので“紹介して下さい”ってお願いしたんですよ。
──そこでギターを作りましょう、という話になるのですか?
藤井 いえ、当時は折坂さんがガット・ギターしか使っていないことも知らなかったですし、僕もまだナイロン弦のギターを作ったことがなかったんです。それに、実際にコンタクトを取ったのは、菊池さんと話をした1年後くらいだったんですよね。
“縁がなかったんだろうな”って思っていたら、折坂さんからメッセージをいただいて。ちょうどその時に、初めてのナイロン弦ギターを作っていたんです。
ただ、そのギターは折坂さんの使用を想定していたものではなく、ジャズ・プレイヤーがピックで弾いても良さそうなイメージで作っていて。でも、一度折坂さんに工房に来てもらって、そのギターを弾いてもらうことにしたんです。
折坂さんのテイストに合わないことはわかっていたんですけど、“どんな風に合わないか”がわかるだけでも参考になるので。まぁ、案の定合わなかったんですけど(笑)。
折坂 あれ、そんな感じでしたっけ(笑)? 私もその当時は、自分に合うギターが何かすら、あまりよくわかっていなかったんです。でも、普通に“あぁ、良いギターですね!”みたいな感じだったと思いますよ?
藤井 本当ですか。僕は“やっぱり合わないなぁ”と思っていたんですけど(笑)。
折坂 そうなんですね(笑)。でもたしかに、そこからレコーディング用に貸していただいたりもして、“今の自分のスタイルには、ここがもう少し……”みたいなことがだんだんわかっていった感じでした。
藤井 それが2018年頃で、“こう感じるってことは、たぶんこの方向性で作ったらいいんじゃないか”っていうことがわかって、叩き台になるようなギターを作ったのが2019年頃ですね。長らく使っていただいていた、あのギターです(下写真)。
──あのプロトタイプは折坂さんのアイコン的な存在になりましたね。
折坂 本当にその試作器は長らく使わせていただきました。今ももちろん弾いてますよ。弾くたびに、あれにはあれの良さがやっぱり感じられるんです。
──その試作器を初めて弾いた時の印象はどうでしたか?
折坂 それまでの藤井さんのギターは、“旋律を奏でるためのギター”だと感じていたんです。ピックでメロディを奏でた時にすごく美しい音色が鳴る。だけど私は歌いながら弾くので、その歌を下支えする低音が、おもにギターに対して求める帯域で。
それで、試作してもらったギターは、パッと明るい音色というよりは、しっかり下が出てくれて、ストロークする時にちゃんとリズムが前に出てくれる部分も感じました。その時点でもう、“バランスの良い音で作って下さったなぁ”と。これで歌ってみたいなと思えるようなギターでしたね。
──藤井さんは試作器を作るにあたり、どのような部分を意識して変えたんでしょうか?
藤井 まず、最初に弾いてもらったギターだと、弾き語る時に音量が足りないなってところがひとつ。あと、ストロークした時の音のまとまり方ですね。まとまりつつバラつかせる、みたいな方向性を意識しました。
しっかり決めてから、一回全部やり直しましたよね(笑)──折坂悠太
──蘖 -HIKOBAE-に向けたオーダーはどのように進んでいったんですか?
折坂 えっと……時系列がどうだったかな。私もなかなかスパッといかない人間なので、考えながら悩みながらメールでやり取りをしていって。“どんな風に作りましょうか?”っていうのを、本当にゆっくりゆっくり……。
藤井 4年くらいかかって(笑)。
折坂 私もその期間にエレキを弾くようになったり、“ガット以外の選択肢もあるのかな?”みたいに色々と考えて試していた時期だったんです。その中で、“やっぱり自分が自由に泳げるのはギターだな”っていう考えがだんだん固まってきて。これから作っていくギターにちゃんと向き合いたいなって強く思っていったんです。
──最初はどのようなところからスタートしたのでしょうか?
折坂 最初は、どういった材質で、どういう質感のものにするかみたいな話から始めたかなと思います。そんな感じでしたよね?
藤井 そうですね。あとはボディ・シェイプ的なところ。“(ボディの)このあたりをもう少しなだらかに”みたいな話をしていましたね。
折坂 あ、そうだそうだ。試作器は藤井さんオリジナル・シェイプで、それもすごく良くかったんですけど、そこから“ここを少しだけ削って”、“ちょっと滑らかに”みたいに、本当に言い表わすのも難しいくらいの微調整をお願いして。
それで何パターンか完成予想図をCADで作っていただいて、またそれを見ながら“ここをもうちょっとこうなりますか?”みたいに詰めていきました。で、しっかり決めてから、一回全部やり直しましたよね(笑)。
藤井 そうですね(笑)。
折坂 一度この方向で作りましょうってなった時に、“やっぱり神代杉を使いませんか?”って話をしていただいて。そこからまた“それだったら、こうしてみたいですね”みたいに、この蘖に向けて、決めたことを一度全部白紙にして。もちろん引き継いだものもありますが、また方向性を調整し直したっていう経緯があります。
──ボディ・シェイプは写真で見る限り、試作器とかなり近く感じますが、どう違っているのでしょうか?
藤井 最初の試作器は少し縦に長いんですけど、それを少し押し潰した感じで、その分くびれを膨らませるっていうイメージですかね。こういう形の風船があったとしたら、ちょっと下のほうを押したらくびれが膨らんだ、みたいな感じです。
折坂 持ってみるとだいぶ小ぶりになった印象があるんです。その印象に引っ張られている部分もあると思うんですけど、音もすごくキュッと詰まったというか。試作器は低音も高音もワイドに出るような印象だったんですけど、蘖は美味しい部分がキュッとクイックに出てくる。
──ネックのグリップやナット幅も変更したんですよね?
折坂 試作器は少し平べったい感じで、指板もワイドなんです。私はコード・ストロークもするので、指板がキュッと絞られていたほうが、音のまとまりがもうちょっと出やすいかなというのは以前から思っていて。
私がサブで使っていた茶位(幸信)さんのギターは、グリップも少しかまぼこっぽくてその感じがあったんです。なので、そのギターを参考にしてもらいましたね。
藤井 そのギターを工房に持ってきていただいて、寸法や感触を記録して、なぜこれが良いのかも聞いて、そのシェイプに準じる形にしました。
神代杉は折坂さんのスタイルに合っていると思ったんです──藤井圭介
──神代杉の使用は藤井さんからの提案ということで、使用材の選定の経緯や求めたサウンドについて教えて下さい。
藤井 音作りを考えた時に、試作器の方向性でより密度と艶が欲しいと考えていたんです。試作器はどちらかと言うとさっぱり軽やかな感じだったので。
で、神代杉は地元の材木屋さんの倉庫の奥でたまたま見つけたんですが、10年ぐらい前から、ギターに使いたいなと思ってずっと探してたんですよ。それが、ちょうど折坂さんの材をどうしようかなって考えてた時に、しかもとても質の良いやつが見つかったので、“これを使え”ってことかなと思ったんです。
──運命的ですね……。
藤井 実際に折坂さんのギターを作る前に1本、鉄弦で作ったんですけど、“これはトーンウッドとして間違いないな”と思って使うことにしました。当初考えていた方向性を、ある程度クリアできた感覚があって。反応が機敏で音に適度な粘りとコシがあり、音がまとまった塊として出てくるので、折坂さんのスタイルに合っていると思ったんです。
あと、この神代杉は鳥海山で採れたもので、約2500年前の鳥海火山の山体崩壊でずっと埋まっていて、それが現代になって開発時などに出てきたものだそうで。折坂さんの声を初めて聴いた時の“新しいけど昔から知っているような感じ”とストーリー的にも合っていると感じたんです。
──サイド&バックはカリマンタン・エボニーだそうですね。
藤井 これも同じ材木屋さんで昔見つけた縞黒檀です。マッカーサー・エボニーともすごく似ているんですが、僕の経験上、たぶんカリマンタン・エボニーだと思います。
──この材を選んだ理由は?
藤井 当初は試作器と同じくインド・ローズで考えていましたが、折坂さんが工房に来られた時にカリマンタン・エボニーのタップトーンを気に入ったんです。最初は想定していなかったんですけど、“けっこう面白いかも”と思ってそちらにしました。
折坂 工房に行った時に色々な木を触らせてもらって、自分の歌との兼ね合いとか、そういうことをわからないなりに想像しながら、一緒に選定させてもらったのは印象的でしたね。
──タップトーンを聴いて、カリマンタン・エボニーをチョイスした決め手は?
折坂 試作器は低音も高音もパーンとワイドに出るというか、響きすぎる帯域があると感じていたんです。その良さもあるんですが。で、そのカリマンタン・エボニーを叩いた時に“この詰まり具合いいですね”っていう感覚があったんです。
──ルシアーとしての観点から、このチョイスはどういったサウンドを生むと考えましたか?
藤井 カリマンタン・エボニーは、折坂さんが感じられたように、密度が高いイメージがあって。ただ、硬すぎない、ちょうどいい感じの詰まり方をしている。だから、さっき折坂さんが言ったような方向性の音には良いんじゃないかなって思いましたね。
結果的に、インド・ローズよりも硬く適度な粘りがあって、高音も良い塩梅で出るので、音の密度という方向性で考えた時に、神代杉との相性はすごく良かったです。
神代杉の質感が消えてほしくなかった──藤井圭介
──材が決定してからはスムーズにいったという感じでしょうか?
藤井 それがたぶん2022年頃だったと思うんですけど……(笑)。
折坂 実際に“これでいきましょう”ってなってから2年ぐらい経ってるんですよね(笑)。
──さらに時間がかかったのには、どういった理由があったんですか?
藤井 完全に個人的な話になっちゃうんですけど、色んなことで悩んでしまって。簡単に言うと、人生に……(笑)。
折坂 同じく、私もだいぶ人生に悩んでいた時で(笑)。
藤井 ある程度進んだら、進捗状況を報告して。言いわけのメールを……(笑)。
折坂 最近の生活状況みたいなのをお互いに報告しあいながら、“ゆっくり無理なくやりましょう”みたいな。
──(笑)。そして2023年9月にFUJII GUITARSのInstagramに完成形がアップされましたね。
藤井 そうですね。取りに来ていただいたのは11月でした。
──折坂さんは、実際に完成版を弾いてみてどのように感じましたか?
折坂 最初はどうだっただろう……できたばかりなので、少し若い感じもあったかな? でも、もうバッチリだと思いましたね。2022年の冬に“こういう音になったらいいな”って思った音そのままでした。
で、その場で何曲か歌わせてもらって。藤井さんも“CDと近い音になってる!”、“昔から弾いていた感じ”みたいな話をしてくれましたね。まだ“ネックのシェイプをどうするか”みたいなことも話していた時期でしたけど、もうしっくりきたので、“このまま持って帰りたいです”っていう感じでした。
──藤井さんが思い描いたストーリーどおり、“新しいけど昔から知ってるような”ギターに仕上がったんですかね。
折坂 ギターにこうあってほしい存在感みたいなものが、本当にそのままある感じで。行く先々でPAの人や共演者、友達から“そのギター何!? めっちゃ良いね!”って言われるくらい、みんなが驚くような音なんです。
藤井 嬉しいですね。
折坂 私自身、“そうだろう、そうだろう”と思いながら(笑)。
──藤井さんは完成した蘖について、どういったものに仕上がったと感じていますか?
藤井 いまだに思うんですけど、ライブ中にぶっ壊れないかが心配で。
折坂 藤井さんはライブを見るたびに、“ぶっ壊れなくて良かったです”って言うんです(笑)。
藤井 音はもちろん大事なんですけど、過酷な環境で使う道具として“絶対に壊れちゃいけない”ってことも同じくらい大事なんです。そこを両立するのはけっこう難しいので、良い塩梅になったかなって思います。ちょっと褒めてもいいかなっていうくらい(笑)。
──藤井さんのギターは基本的にどれも“この世に1本”だと思いますが、蘖ならではの特徴というと?
藤井 塗装が普段やっているグロス仕上げじゃないんです。神代杉の質感が消えてほしくなかったので、テクスチャーを残しつつ薄めに吹いて、“半艶”あたりを目指しました。そこはほかの自分のギターではやっていないことですね。
──折坂さんはそのルックスにはどういった印象を持ちましたか?
折坂 佇まいに、“普通にそこにある木”みたいな貫禄があるというか。色的にもですが、パッと明るいものではなく、空気が沈んでいて、そこに長らく生えているような佇まい。
あと、やっぱりこの杢目がめちゃくちゃ美しい。この質感はほかにはない感じがありますね。私が理想とするギターの質感、色っていう感じです。
藤井さんの人柄が出た音に、私は魅せられているんだと思います──折坂悠太
──蘖という名前は、どういったところから生まれたものなんですか?
藤井 デザインのやり取りをしている中で、折坂さんがロゼッタのデザインからイメージした言葉でしたね。
折坂 古い株から新芽が出ている、そんな意味らしいんですけど、このギターができたストーリーにぴったりだなって思ったんです。それが当てはまる漢字一文字って、めっちゃ面白いなって。
イメージとしては、古くから土に埋まっていたものから、新しい歌を作るっていうような意味合いもありますね。ロゼッタに“少し緑を入れてほしい”っていう話をしたんですけど、その感じもまさに古い株から緑の芽が出ているようなイメージを持っていたんです。
──藤井さんは折坂さんがライブで使用しているところは観ましたか?
藤井 キム・オキさんというサックス・プレイヤーが(2024年)3月に金沢に来て、そのゲスト・アクトで折坂さんが出られた時に観にいきました。実際に現場で使われている音を聴く初めての機会だったんですが、音がめっちゃ良かったですね。PAなども含めての“良い音”ですが、そこの一端を担っているのは間違いないので、“良かったなぁ”と思って。純粋にライブを楽しめました(笑)。
折坂 終わったあとに話をしたんですけど、ほろ酔いの藤井さんが“ギター、誰が作ったんですか?”って(笑)。
藤井 ホッとして調子に乗っちゃったかもしれないです(笑)。
──アハハ(笑)。さて、それぞれにとって、このギターはどういう存在ですか?
藤井 僕はまず、折坂さんの音楽が好きなんです。ギターを使ってもらってなかろうが、それは変わらない。で、その現場で道具として選んでもらっているってことが、すごく光栄です。
折坂さんの音楽活動の相棒としてどんな環境でもついていけるようなギターを作れれば、という思いで製作したんです。邪魔をせず、でも存在感もあり淡々と、そんなイメージで。独奏、重奏、バンド、いろんな編成で演奏されますが、蘖の音がひとつの軸になり、活動の一助となれていれば嬉しいです。
──折坂さんはどうですか?
折坂 なんだろうな……“共同制作者”みたいな感じ。だって、曲もこれで作るし。やっぱり持つものによって音楽は変わっていくんですよ。この蘖には、そのものが持つ佇まい、人間のような個性、精神性みたいなものがすごくあるんです。本当に、蘖とユニットを組んで音楽をやってるようなイメージがありますね。
藤井 ありがとうございます。
──最後に、折坂さんからFUJII GUITARSの魅力について一言お願いします。
折坂 FUJII GUITARSの魅力はなんと言っても、藤井さんの人柄がものに出ていることだと思います。誠実なギターですね。そして頑固です(笑)。
藤井 そうですね。誠実かはわからないですけど、頑固ではある(笑)。
折坂 それが本当に音によく出てるし、私はそこに魅せられているんだと思います。
蘖 -HIKOBAE-
撮影=西槇太一
ここで改めて完成した蘖を見ていこう。写真は2024年4月26日に行なわれた“折坂悠太 ツアー2024 あいず”の東京公演で撮影したものだ。
ボディ・トップは神代杉、バック&サイドがおそらくカリマンタン・エボニー、ネックがセドロという材構成。ヘッドの突板、指板、ブリッジ、バインディング、ペグ・ボタンはマッカーサー・エボニーを採用している。
ボディ内部のラベルには、HIKOBAE、Made for YUTA ORISAKAの文字と、“折”と“蘖”をモチーフにしたロゴも確認できる。
ピックアップには、バイオリンなどの弦楽器用ピックアップも手がけるBarbera Transduser SystemsのBabera Soloistを搭載しており、あと付けでお馴染みのOBANA MICROFONEのダイナミック・マイク=G5を追加。ライブでは2つの信号をミックスして出力している。
ペグはイタリアのブランド、Pagos Tunersのものを採用。
2023年11月に手もとに届いてから約半年という2024年4月時点で、かなり弾き込まれた痕跡がある。ボディに刻まれたピッキングによる傷の数々が、何よりも雄弁に折坂の愛情を物語っているように思う。
『呪文』折坂悠太
Track List
- スペル
- 夜香木(やこうぼく)
- 人人(ひとひと)
- 凪(なぎ)
- 信濃路(しなのじ)
- 努努(ゆめゆめ)
- 正気(しょうき)
- 無言(むごん)
- ハチス
ORISAKAYUTA/ORSK-021(通常盤)/2024年6月26日リリース