猪居亜美が6年ぶりにリリースしたクラシック・アルバム『BLACK ROSE』を全曲解説!

猪居亜美へのロック・カバー・アルバム『RED ROSE』のインタビューに引き続き、今回はクラシック・アルバム『BLACK ROSE』について話を聞いていく。ロックのカバーで新たなファンを獲得してきた彼女が、“そんなロック好きにも響くはず!”という視点で選んだクラシック楽曲について、それぞれ解説をしてもらった。クラシック初心者という方も、ぜひ音源を聴きながら彼女の言葉を読み進めてみてほしい。

取材=角 佳音 撮影=小澤勇佑

バロック時代に作られたクラシック作品も入れたいと思った

──クラシック・アルバムは2019年の『MEDUSA』以来ですね。今作の『BLACK ROSE』にはどのようなテーマがありましたか?

 クラシック・アルバムの『BLACK ROSE』はロック好きに響くものにしたいと思っていました。逆に、ロック・カバー・アルバム『RED ROSE』はクラシック好きにもきっと刺さるのではないかと思った曲を集めているんです。

──マリオ・カステルヌオーヴォ=テデスコの「悪魔の奇想曲」は、パガニーニのオマージュがちりばめられた作品ですよね。

 そうなんです。パガニーニは、クラシック・ファンはもちろん、ロック・ファンでも知っている方が多いと思い、楽しんでもらえるんじゃないかということで選びました。

 1stアルバム『Black Star』(2015年)にはパガニーニの「カプリス第24番」を収録しているんですが、最近のライブではそのパガニーニへのオマージュである「悪魔の奇想曲」と一緒に2曲をセットで演奏することも多いですね。

──この曲のポイントはどういったところにあるのでしょうか?

 テクニカルでおどろどろしい雰囲気と繊細なメロディづかいという、パガニーニの中にある対極なキャラクターを感じることができると思います。

 パガニーニは“悪魔”と言われるような人物像で、女癖、酒癖、ギャンブル癖があったとも言われていますが、そういう人物だからこその恋愛に対する情熱や繊細な心がメロディにも表われていて。そこがパガニーニの魅力だと思いますし、この曲の中でもそういった部分を聴いてみてほしいです。

──ドメニコ・スカルラッティの「ソナタ K.491, L.164」はどのような作品ですか?

 スカルラッティは、バッハと同い年で同じく音楽一家に生まれた作曲家です。詳しいことがわかっていない部分もありますが、現存する作品だけでも約555曲ものソナタが伝わっています。

 私が弾く曲はどうしても現代に寄りがちなんですが、バロック時代に作られたクラシック作品も入れたいと思ったんです。ただあえてバッハではなく、変化球としてスカルラッティのソナタを入れてみました。

──この曲はもともとチェンバロのための作品なんですよね。その雰囲気を出すために意識したことはありますか?

 この曲をチェンバロで演奏している音源を聴いて、ギターとは違う発音やビート感を再現しています。チェンバロの音には打点があるので、そういったところをタッチや弾き方で工夫しましたね。

 あとは、クラシックは時代によってテンポ感が違うんです。ロマン派以降の音楽はフレージングに合わせてテンポを揺らしますが、バロックの音楽はテンポを大きく揺らさず、拍の安定を土台にリズムの流れで表情を作っていく感覚があります。そういった違いも聴いていただけるのではないかと思います。

エレキ・ギタリストにとっても良い練習曲になるんじゃないかな

──「羽衣伝説 ~山入端博の旋律に基づく~」は猪居さんの師である藤井敬吾さんの作品ですね。

 いつか師匠の作品を弾きたいと思っていて、代表曲である「羽衣伝説」をチョイスしました。沖縄の歌で、日本人に馴染みのある旋律も多いと思うのですが、特殊奏法が満載なので少しロック・テイストも感じる曲ですね。

 18分の長い作品ですが、古典的な旋律もあれば革新的な音づかいや奏法も入っていて、クラシック・ギターのいろんな表情が見える作品だと思います。

──曲の中では、三味線や琴などの伝統楽器の音色を彷彿させるようなサウンドも聴こえます。

 藤井先生もまさにそういった楽器をイメージして書かれていると思います。この曲でしか使わないような奏法もたくさん使われていますし、“ギターってこんな音が鳴るんだ!”と。そういったところも藤井先生ならではです。本当にギターがお好きなんだということを感じますね。

──エイトル・ヴィラ=ロボスの「12の練習曲」は、1st作『Black Star』(2015年)では7番、3rd作『MEDUSA』(2019年)12番、そして今作には11番が収録されていますね。

 ヴィラ=ロボスは膨大な作品を残した作曲家で、クラシック・ギタリストではないものの、ギターの特性を活かした作品を数多く残しています。

 その中でもこの「12の練習曲」は、私がクラシック・ギターの技術を磨く上にあたってすごく大事にしてきたものなんです。12曲すべてに違う個性があるので、技術をアップさせたいなら絶対に全曲やったほうがいいと私が一番推しているエチュード集です。曲としてもかっこいいので、もしかしたらクラシック・ギタリストだけではなく、エレキ・ギタリストにとっても良い練習曲になるんじゃないかなと思いますね。

 今回収録した11番は冒頭と最後はレント(Lent=“遅い”を表わす音楽用語)でゆったりと終わっていく曲なんですが、音づかいはヴィラ=ロボスならではの独特さがあるんですよ。不協和音のはずなのに不快ではなくて、響きが幻想的で不思議な魅力があるんです。 

──この11番は、ギターの練習という点ではどのような意義がありますか?

 中間部に同じミの音を連続でアルペジオで鳴らすパートがあるんですが、これはほかの曲ではあまり出てこないんです。連続でアルペジオをするのは技量がないとできないので、それも練習になっていると思いますね。

猪居亜美
猪居亜美  

クラシック・ギターのイメージを変える活動がしたい

──レオ・ブローウェルのソナタが第1楽章から第3楽章まで収録されていますが、どのような作品でしょうか?

 ブローウェルもクラシック・ギタリストにとって、はずせない作曲家のひとりですね。彼自身はもともとはクラシック・ギタリストとして活動していたんですが、腱鞘炎になってからは指揮者としての活動がメインになっています。映画音楽を手がけたりとポップな作品もあるんですが、ソナタのように内容の濃い大作も残していますね。

 第1楽章、第2楽章、第3楽章とそれぞれにいろんな作曲家のオマージュが隠れていて、クラシック音楽のさまざまなモチーフを隠しながらも、彼ならではのスタイルで書かれた作品となっています。

 ちなみにこのソナタは1990年に作られていて、比較的新しい作品なんですよ。ブローウェルは1990年、「羽衣伝説」は確か1992年ですし、“クラシック”とは言え、数百年前の作品ばかりではなく、現代の作曲家による新しい曲も弾いているんです。

 なんならロック・アルバムのほうがもう少し古い曲があったりしますし、現代のクラシック作曲家だと、ロック・アーティストのテイストを作品に取り入れていることもあるんですよね。なので、そういった時代感も感じながら聴いてもらえるとまた新たな楽しみ方もできるんじゃないかと思います。

──猪居さんのことをクラシック・ギタリストとして知った方もいれば、ロック・カバーの文脈から知った方もいると思います。その両者が楽しめる今回の『RED ROSE』と『BLACK ROSE』ですが、最後に改めてこの2枚に込めた思いを教えてください。

 私は常々“クラシック・ギターって難しそう”や“クラシックしか弾いちゃいけない”というイメージを変える活動がしたいと思っているんです。最近だとロック・カバーで私のことを知ってくださった方が圧倒的に多いと思うのですが、クラシック・ギターのために書かれた曲の中にも革新的でかっこいい作品がたくさんあって、そういった作品をロック好きにも聴いてもらいたいと思っています。

 反対に、長年私の演奏を聴いてくださっている方には、クラシックから影響を受けたロック・ミュージシャンたちの音楽も楽しんでもらいたいんです。クラシック・ファンの中にはロック・バンド=うるさいイメージで、聴きたくないという方がもしかしたらいるかもしれないんですが、クラシックの作曲家たちから影響を受けてきたロック・バンドの音楽を知ったうえで、改めてクラシックを聴くと、また違った聴こえ方ができて面白いんじゃないかと思います。なので、ぜひ両方のアルバムを聴いてもらえたらうれしいですね。

猪居亜美

『BLACK ROSE』猪居亜美

Track List

  1. 悪魔の奇想曲/マリオ・カステルヌオーヴォ=テデスコ
  2. ソナタ K.491, L.164/ドメニコ・スカルラッティ(デヴィッド・ラッセル編)
  3. 羽衣伝説 ~山入端博の旋律に基づく~/藤井敬吾
  4. 12の練習曲より 第11番 レント/エイトル・ヴィラ=ロボス
  5. ソナタ/レオ・ブローウェル

Fontec/FOCD9931/2026年2月7日リリース

『クラシック・ギター1本で描く、ロックの世界』

定価2,970円(税込)
発売日2025.11.17
品種ムック
仕様菊倍判 / 112ページ
ISBN9784845643493

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