読譜力、初見力はけっこう練習しましたね。──古川
──今回は“セッション・ギタリストという仕事”をテーマに話を聞きたいと思っています。過去のインタビューで古川さんも黒田さんも、最初からスタジオ仕事を志していたと語っていましたが、それはどんなきっかけがあったのですか?
古川 うちの兄貴がエルヴィス・プレスリーのLPを買ってきて、いくつか見てみると必ずジェームズ・バートンっていう人がギターを弾いてることに気がついたんです。そこからうしろのほうに興味がいくようになって、音もだんだん好きになっていったんですよ。
で、自分でギターを弾くようになってから日本のポップスを聴いていく中で、クレジットに松原正樹って書いてあるものがたくさんあったんです。またその音がいいでしょ? とろけるようなフィルインが入っているし、歌の邪魔をしない。それで松原さんに興味が湧いてきて、この仕事をやりたいってなったんです。
──黒田さんはどうですか?
黒田 僕は普通にロック・バンドが大好きだったんですけれど、地元の札幌で友だちとバンドを組もうってなっても、なかなかうまくいかない。バンドやろうよってなった時に、俺は絶対にプロになるって言ってたけど、ついてきてくれる人がいないんです。それでとりあえず、“プロになる”ってことだけを決めてひとりで上京してきているんですよ。だから、スタジオ・ミュージシャンに憧れるのはその先なんです。
専門学校でいろんな音楽を知って、それこそ松原さんや今剛さん、海外だとスティーヴ・ルカサーやマイケル・ランドゥを聴くようになったんです。そういうところからスタジオ・ミュージシャンっていう仕事を知って、どこかから憧れていった感じでしたね。
──特に“セッション・ギタリストになるため”という点で頑張ったことなどはありますか?
古川 ぶっちゃけ楽譜ですよ。スタジオ仕事にもいろんな種類があるので、全部に読譜力が必要とは言わないですけど、すっごく必要な仕事もあるんです。で、プロになる取っかかりとしては、チャンスがあったら“やります”っていうスタンスでしょう? そこで“譜面読める?”って聞かれた時に読めないのは、自分のチャンスをひとつ減らすことになると思ったので、読譜力、初見力はけっこう練習しましたね。
黒田 うん、そこが一番ですね。僕みたいなロック出身の人は絶対そこがネックになるんです。あんな怖い紙はない(笑)。僕は4歳からピアノを3〜4年間やっていたんですけど、そこからスポーツ人生になり、次に音楽に戻ってくる頃にはすっかり忘れている。
それにギターはピアノと違って、同じ高さの“ド”が何個もあるじゃないですか。実音とオクターブが違ったりもする。そこで“わかんないからやめた〜”ってならないように、アレンジャーさんに“オクターブはこれで合っていますか?”って聞いたりしていましたね。何にせよ、最低限の会話ができるくらい読めるようになっておかないと、しんどくなる時が出てきますから。
古川 ですね。自分が原因でスタジオの動きが止まるっていうのは、ものすごいプレッシャーになるんですよ。自分が読めないからちょっと待ってくださいとか、あまりにも同じミスをくり返して何度もやらせてもらうとか、やっぱりそういうことは避けたいですからね。
──読譜力をつけるためにはどのような練習をしていましたか?
古川 いわゆる歌本とかを買ってきて、バッと開けてメロディを弾くっていうことをやっていました。

すべての仕事は絶対に誰かの代わり。──黒田
──セッション・ギタリストとしての仕事をするようになった経緯を聞かせてください。
黒田 最初の仕事は先輩のベーシストに、いわゆる“トラ”で呼ばれたんです。すべての仕事は絶対に誰かの代わりで、もともといた人がNGで“誰かいないか?!”ってなった時に、そこにいなきゃいけない。だから、そんじょそこらの中ではダントツにうまくないと、声は絶対かからないと思うんですよ。
で、その1本でその仕事は終わるから、またアルバイトをしてっていうくり返しの中で、少しずつ“なんか黒田ってやつがいいらしいぞ”って広がるだけなんです。
古川 僕も人の代わりがスタートだったけども、とにかく1本1本やっていっただけですね。その1本で全然ダメな評判を残してしまったこともありますけど(笑)。そうすると、そこにいた人からは“大したことなかったよ”って、もう呼んではもらえない。だけどそこでちょっと良かったら“いいじゃん。やれるんじゃないの”って言ってくれるようになる。そこがスタートですよね。
──そのくり返しの中で、何かターニング・ポイントとなる出来事はありましたか?
黒田 スタジオ・ミュージシャンとしてのプロにどう線を引くかって言ったら、僕はやっぱりメジャー・アーティストのレコーディングだと思うんです。そういう意味で僕の人生が変わったのは、SING LIKE TALKINGの佐藤竹善さんとの出会いでした。
たまたま僕が行っていたスタジオで、竹善さんがソロ名義でレコーディングすることになって、オーディション的な感じで弾かせてもらったら、気に入ってもらえたんです。そのあと『THE HITS ~CORNERSTONES 3~』(2004年)でも弾かせていただいて、それが初めてのメジャーのレコーディングでしたね。
そこから2005年頃には竹善さんの全国ツアーにも行かせてもらって、SALT(塩谷哲/p)さんや西脇(辰弥/k)さんもいるし、ドラムは山木(秀夫)さん、大儀見(元/perc)さんもいる。
古川 素晴らしいメンバーですね。
黒田 で、“ギター誰?”みたいな(笑)。そこも札幌の先輩の田中義人さんの代わりで使っていただいたんです。ちなみに今の布袋さんのライブはドラムが山木さんなんですけど、そのツアー以来、20年ぶりの共演なんですよ。また新たな感動が。
──それはドラマチックですね! そのほかにキャリア初期の思い出はありますか?
古川 僕は大阪から上京してきたんですけど、さっき言った読譜力のことでプレッシャーに感じたっていうのは、大阪の仕事では100%パート譜だったんですよ。全部音符で書いてあるのを弾くっていう……。だからそういうものだと思っていて。
で、東京に来ました。フュージョン・バンドみたいなのに入れていただいて、初めてレコーディング・セッションに行った時に、“マスターリズム”(編注:全体の曲構成を大まかに記した楽譜のことで、コード進行や決まったメロディやキメのリズムなどが書かれている。上モノやベース、リズムをそれぞれ書く場合は3段の譜面で構成される)っていう譜面だったんです。3段で書いてあるでしょ? それで“しまった〜!”と思ったの(笑)。
※注:マスターリズム譜は全体の曲構成を大まかに記したもので、コード進行や決まったメロディやキメのリズムなどが書かれている。上モノやベース、リズムをそれぞれ書く場合は3段の譜面で構成される。
黒田 あははは(笑)。
古川 一番下はドラム・パターンだから弾かないでいいと思ったけど、ピアノ譜面のようなヘ音記号とト音記号の2段譜が前に置かれた時に、下から上まで必死に練習して。で、レコーディングが始まった時に、1小節目ぐらいですぐに止まって“全部弾かなくていいんだよ”って言われたのを今でも覚えてる(笑)。

一番大事なのは“塩梅が良い”っていうこと。──古川
── “セッション・ギタリストに求められるギターのうまさ”という点で重要だと思うポイントはありますか?
古川 僕は生徒にも言っているのは、うまいに越したことはないけど、一番大事なのは“塩梅が良い”っていうこと。テクニック的にうまいから入っていけるっていう世界じゃないんですよ。少なくとも同じぐらい弾ける人がふたりいたとしたら、一緒にツアーを回っていて楽しい人が選ばれますよ。そういう意味でも、一緒にいる時の過ごし方だったり、音楽の組み立て方のアイディア、音色ひとつも含めて、“塩梅が良いか”だけですね。
黒田 昌義さんが言ったことは、今の僕が感じることで。それ以外で、若い頃に“プロって何が違うんだろう”って考えていたことの中からひとつだけ選ぶとしたら、リズムやグルーヴだと思います。すごいソロをバーッて弾ける人はたくさんいますけど、テンポ60のバラードでミュートのバッキングを弾く時に、“そこしかない!”っていうところに、タイミングや音の長さも完璧なものをすって入れられるのがプロだと思うんです。
──そのリズムを鍛えるためにやってきたことはありますか?
黒田 僕は毎日そんなことばっかりやっていますよ。テンポをめちゃくちゃ遅くして、フィンガー・トレーニングやアルペジオをとにかく練習しています。最近の流行りは、山木さんと一緒にやっていることもあって、5連符。5連符や7連符だとすぐ裏返ってロストするんですよ。で、それに慣れた頃に8分に戻すと間(マ)がすごく見えるようになったりするんです。昔はアホみたいにテンポ30でずっと4分音符で練習してたんですけどね。
古川 ……すごいな(笑)。
黒田 20年前にテンポ30での練習を教えてくれたのも、山木さんなんですよ。僕が弾く音を聴いただけで、“黒ちゃんっていつもテンポ60で練習してるよね”って言われて。なんでバレるんだろうと思いましたけど(笑)。
──古川さんが普段やっている練習はどんなものですか?
古川 30まではやったことないですけど、僕も1曲をめっちゃ遅く、半分ぐらいのテンポで弾いていますね。手は流れるように、意識じゃないところで動いちゃっているんですよ。だけど、思いっきり遅くすると、ひとつずつの動きを自分の命令でやれる。それを筋肉も含めて体験する。
それにもう61歳ですからね。とにかく普通のテンポで歩いてるような意識を持って練習して、筋肉を元に戻す、力を抜くことを思い出す。そんなことだけやっています。あとは、ドラム・ループだけを鳴らして、ずっとアドリブの練習をする。それぐらいですよ。
僕は飽き性なのでいろんな人とやりたい。──黒田
──“アコースティック・ギターのプレイが良い”と思うセッション・ギタリストをあげるとしたら?
黒田 僕が超絶覚えているのは昌義さんのプレイなんです。僕が19〜20歳くらいの頃、テレビの生放送でエクストリームの「More Than Words」をやっていたんです。
古川 あ、やった……かな。あまり覚えてはいないですが(笑)。
黒田 誰が歌っていたかは覚えてないんですけど、確実に昌義さんが弾いていて。原曲だと最後にヌーノ(ベッテンコート)がタッピングでバーっとやってハーモニックスで終わるんですけど、昌義さんはアドリブでダラララーってやっていて。
忘れもしない、初めてひとり暮らしした部屋で14インチのテレビで観ていて、ピックを落としましたもん。“何この人!?”って思ったら、古川昌義って出てきて、めっちゃチェックしましたよ。だからいつかお会いしたいなとずっと思っていて、今日それを伝えられてすごくうれしいです。
古川 それは、ありがとうございます。
──古川さんはどうですか?
古川 今、松山千春さんのツアーをやっているんですけど、僕の前にギターを弾いていた方の音源を聴くじゃないですか。そこで“俺はやっぱりアコースティック・ギタリストじゃなかったな”って実感するんですけど、フォークのスリーフィンガーができないんですよ。それについてここ1〜2年ぐらい教えてもらったり、練ったりしていますけど、やっぱり違う。
前にやっていらした(丸山)ももたろうさんのライブ音源とかを聴くと、爆発的にカッコ良いんですよ。僕もスリーフィンガーで弾いていますけど、ももたろうさんの音源を聴くたびに“うわー、全然違う。すごい!”と思うんですよね。
──具体的にどういったところに違いを感じるんですか?
古川 日本のグルーヴっていうのがあるんですよ。僕はアメリカン・ポップスのほうからきているから、そのグルーヴでスリーフィンガーで弾くと、それはラグタイムって言うんですよね。日本のポップスは同じ指使いだけど、どちらかと言うとちょっとブラジル寄りというか。
で、このグルーヴを出すのが僕にはできなくて、今も研究中です。ももたろうさんはスピードがあるのにゆったり聴こえる。本当にすごいですよ。
──今回はメリダ協力の企画ということで、セッション・ギタリスト視点でのメリダ・ギターのメリットを聞かせてください。

古川 メリットはまず値段ですよね。安くてクオリティが素晴らしいのでビックリですよ。僕はもう何の問題もなく使っていますよ。あと良い楽器っていうのは、自分の意思が伝わるかどうかなんですよ。道具として“いつもやっているとおりの音が出る”っていうことなんです。それが結局良いギターなのかもしれないですけど。
実はメリダの前に、ちょうどライブで使えるアコースティック・ギターを探していて、何本かトライしているんですけど、自分の思ったように鳴らないんです。それは、“あ”って言っているのに“え”って聴こえているような感じ。メリダは今まで自分がやってきたとおりの音が出るので、コントロールがすごく楽でしたよ。それが一番良いところかな。素直に作られてるってことなんですよね。
黒田 確かに。僕はまだ現場で使ったことはないんですけど、興味はありますね。聴いたことありそうでない感じなんだけど、馴染むというか。それにシチュエーションを選ばない感じがします。
古川 たぶんそうだね。セッション・ミュージシャンって、1曲ごとにギター変えてる場合じゃないんですよ。だから、できたら1本であの曲もこの曲もいければ、一番助かるわけです。
黒田 それは大事ですね。そんなことより譜面めくらなきゃいけない(笑)。エレキかアコギかを選ぶくらいで、細かなことは腕でなんとか、っていう世界だから。
古川 これはストロークだからこのギター、これはアルペジオだから……みたいにしている間にカウントが出ちゃうからね(笑)。
──古川さんも黒田さんもギターを教える立場を経験されていますが、若いミュージシャンたちに特に大切だと教えていることはありますか?
古川 黒ちゃんが言ったのと同じで、とにかく若い子たちにはリズムを鍛えてほしい。で、四角四面にリズムを取るんじゃなくて、塩梅の良いリズムでなきゃいけない。
人に歌ってもらうためには、別にだいたいでもいいんだけど、自分が歩くのと同じぐらいの規則正しさで伴奏ができること。あるいは、ボーカリストがちょっと不安になった時、ちょっとリズムをロストしそうになっている時とかに、ガッてひとつわかりやすい音を出してあげられたり。
それにね、“ちゃんとバッキングできるようになるとソロもできるよ”って僕はみんなに言っているんですよ。だからリズムはそのためにも大事なんですよ。
黒田 最重要ですよね。それに、タッピングはできるのに、普通のストロークはできないって……めちゃくちゃダサくないですか? 僕はそういうギタリストにはなりたくないって若い頃から思っていて、玄人の目から見てうまい人を目指していました。一般の人になんて思われてもいいんです。
──それでは最後に、セッション・ミュージシャンという仕事の魅力を教えてください。
黒田 職業=ギタリストって、宇宙一カッコ良いと思うんですよ。やっぱりそこはどんな職業にも負けたくないし、憧れてほしいし、僕も憧れ続けたいですし。
あとセッション・ミュージシャンの良いところは、こうして昌義さんとふたりで会った時にも一緒にできることであり、自分たちが苦労して得た読譜力や理解力があるからこそ、どんなところでもすぐに音楽での会話が成立する。
ひとつのバンドでやるカッコ良さもありますけど、僕らのように毎回ジャンルが違ったり、いろんな人と弾く達成感もありますし、そこが魅力だなと思いますね。僕はね、飽き性なのでいろんな人とやりたいんですよ。
古川 僕はインストの仕事はあまりなくて歌う人の仕事ばかりだから、“歌いやすい”って言われるのが最高の快感なんですよ。そう言ってもらえたことをツマミにワインを飲んで(笑)。いろんな人とツアーをする中で、ちょっと危ないなっていう時があったりする時に、ツクターンってわかりやすいリズムを弾いて、“助かったよ!”って言われたことが何度かあるんですけど、僕はもうそれでいいんです。
黒田 わかります。絶妙なパスを出せた時のね。みんなシュートする人しか見てないんですよ。その手前、ふたつ前にパスを出した人が天才だから(笑)。
古川 そこが難しいとこだからね。シュートのほうばっかり拍手されるんですけど。でも、それでいいんですよ。
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