“一度聴いてどれだけ覚えられるか”が大事
──新作『Joyful』はオリジナル・アルバムとしては5年ぶりです。制作はいつ頃からどういった経緯でスタートしたのですか?
2024年に久しぶりにツアーを回ったんですよ。そこで事前に2曲を新たに作って、さらに会場ごとに1曲新曲を弾くって決めて、合計を6曲を作ったんです。で、そこから“次はアルバムを作ろう”って始めて、やっと今年に完成しましたね。
コロナ禍の時は、作曲がまったくできなかったんです。ライブができないことでモチベーションが上がらなくて、作ろうと思ってもまったくダメだったんです。やっとツアーが組めてから、ようやく作曲ができるかもしれないっていう感覚になれたので、コロナ禍明けでツアーができるようになった希望を込めた「Hope」や、再びライブ活動がしたいっていうイメージから「Again」ができて。ライブができるようになった喜びを込めた楽曲を作っていったイメージですね。
──ソロ・ギタリストはひとりで完結するスタイルではありますが、コロナ禍は作曲のモードに入り込むということ自体が難しい時期だったんですね。
そうですね。作曲や練習をしていたっていう人も多いんですけど、僕は練習はしていましたが作曲しようと思っても全然曲ができなかったんです。僕はライブで聴いてくれる人がどんな反応をするだろうっていうことを考えながら曲を作ることが多いので、ライブができないとなったら、何に向けて作っていけばいいかがわからなくなってしまったんです。
──ツアーで作った6曲に書き下ろしの7曲が追加された形ですが、イントロダクションの「Let’s begin」からバラエティに富んだ感じで始まって、「Sweet dream」で小休止したあとは心が落ち着くような全体の流れです。全編をとおしての流れはどのようなイメージでしたか?
今はSpotifyなどで聴く時はシャッフル再生する人も多いと思うんですけど、CDとしても出すので、曲順に聴いてもらった時に飽きがこないようなイメージで考えていきました。前半はバラエティ豊かにして、“もっと聴きたい”と思ってもらって、後半はドンときてから休んでもらえるような緩急をつけて、最後まで聴き通せるような構成にしました。
──松井さんの作る楽曲はポピュラー・ミュージックという側面が強い印象ですが、作曲において大切にしていることはどのようなところでしょうか?
僕はとにかく、“一度聴いた時にどれだけ覚えられるか”が大事だと思っているので、なるべく簡単なコード進行でメロディもポップなものを目指しているんです。なので例えば今この場で曲が浮かんだとしても、それをメモすることは絶対しない。帰ったあとにそれを覚えているかどうかが大事で、今いいなと思っていても家に帰って忘れていたら、ほかの人が聴いても絶対に忘れられてしまう。だから、曲が思い浮かんだら一旦置いて、2〜3日経って覚えていたら完成させていくんです。
──スケッチの段階で残しておかないというのは、なかなかストイックですね……。
昔はラフな状態で録音もしていたんですけど、結局はほとんどがボツになるんですよね。以前にデモ演奏として残していた曲からアルバムを作ろうと思ったら、ほとんどをレコーディング直前に作り直すことになったんです。モチーフや楽曲のイメージは同じなんですけど、曲としてはまったく別になって。なので、やめました。
──では曲を思いついてから完成するまでにかかる時間は早いのでしょうか?
僕はほとんど2〜3日もかからないですね。問題は弾けるかどうかで、作曲より練習時間のほうが長い。あとはどんな奏法を入れるかなどのアレンジですね。
ワン・ストロークの中で右手の動きを制御しています
──アレンジはどのように進めていくのでしょうか?
メロディを軸に考えて、頭の中でバンドをイメージして進めていきます。例えばサビの部分にすべてボディ・ヒットを入れるパーカッシブな全編がバンドの曲もあるし、「Again」のようにどんどん楽器が追加されていって後半がバンド・サウンドになっていくイメージの曲もあります。どんなバンドによるどんな演奏になるかをイメージしながら作っていますね。
──「Again」は前半のギターだけのイメージのパートでも、音の厚みはしっかりありますよね?
それはストロークの仕方ですね。奏法は楽曲表現ですごく大事だと思っていて、例えば普通にストロークするのとラスゲアードだと厚みはだいぶ違うんです。なので、楽曲によってスッキリした感じで入りたい時はストロークで、「Again」のように豪華にしたい時はラスゲアードが多く入っている。その奏法の付け足し方で、バンド感のちょっとした変化をつけるように意識しています。
──“どんなバンドか”というのは、リファレンスとなるものがあるんですか?
ある場合もあります。あとは、作曲する時にお気に入りのアーティストの声をイメージしているんです。イメージするボーカルによっても、弾き方は変わってきますね。
──「Green Breeze」はパーカッシブな奏法も入りますが、ロックなドラムとは違うリズムのニュアンスを感じます。叩き方を意識して変えている部分などはありますか?
ありますね。まずハイハットとスネアのどちらをイメージして叩くかで違うじゃないですか。強く叩くか弦に触れるだけかで強さを変えたり、右手の爪を当てるネイル・アタックか、手を開いて叩くかでも音は変わるので、そのあたりは意識的に使い分けています。
──「Green Breeze」や「Diary」ではハーモニックスが、「Again」ではタッピングがメロディの中で使われます。通常のピッキングとの音量バランスが難しいと思うのですが、何かアドバイスはありますか?
実音を弾く時のタッチと比べると、1.5倍ぐらいの強さでハーモニックスを弾いています。そうしないと音色の関係で小さく聴こえてしまう。タッピングもやっぱり線が細くなりやすいので、できる限り指先に力を入れたままタッピングする意識で弾いて、太く出すようにしています。
──逆に「Joyful」はストロークではありますが、トップ・ノートのメロディがベースやコードよりも強く聴こえてきます。そこはどのようなイメージで弾いているのですか?
そこはすごく難しいんですよね。僕は中指でダウン・ストロークをしているんですけど、指にはほとんど力が入れずにブラブラな状態で弾いているんです。でも、アタックの瞬間はどうしても少し強くなってしまうので、ベース音はちょっと強くなるんです。で、コード部分は指が抜けるので優しくなる。なので、メロディだと思った瞬間に指先を少し固くするんです。
指を開くように弾いてしまうと、全部の弦の音量が大きくなってしまうので、開かずに“指を固くする”。そうすると、メロディを弾く弦の音量が大きくなって、コードとの差ができるんです。
あとは、さっきアタックの瞬間が大きくなると言いましたが、鳴りすぎていると思ったら手のひらで軽く触れて、低音弦の振動を抑えるようにしています。特に6弦の開放弦はドロップすることが多いので、振動しやすいんですよ。それをワン・ストロークの中で制御していますね。
無音ほど大事な音楽はないと思っているんです
──「Joyful」は間奏から落ちサビへの構成などもポップスの王道的アレンジですが、全体の構成やアレンジはどのように考えていきましたか?
「Joyful」は今風な曲にしたいと思って書いたんです。で、今って転調や変拍子が多いじゃないですか。なので全部盛り込んでいきました。楽曲によって構成は変わってきますが、だいたいはサビのメロディを作った段階で“この曲はCメロを作りたい”とか構成は決まるんです。
──最初はサビからできるようなことが多いんですか?
そうですね。でも、たまにサビだと思って作ったフレーズが違う場所にいくようなことはあります。今回の「Hope」のイントロは、もともとはBメロだったんですけど、何か違うと思ってイントロになりました。
──その「Hope」は後半のサビで一番最初のコードだけオーバーダビングしたように聴こえたのですが、ここは何かエフェクトをかけているんですか?
そこだけコーラスをかけていますね。最初はそこもスッキリしたままでしたけど、それだと前がキメにならない感じがしたんです。なので少し違和感のある音にして、グッと切ってから次にいくようなイメージでコーラスにしました。
──あとこの曲では、最後のサビ前に完全な無音となる瞬間があります。単なる休符とは違う、完全な無音にさせることで、逆に耳が引きつけられる印象を受けました。
バンドで考えた時に、ドラマーがハイハットやシンバルをパッと手で止めることがあるじゃないですか。そのイメージですね。ライブでもそこはエフェクトで完全に止めて、無音になります。
僕の中で無音ほど大事な音楽はないと思っているんです。余韻ももちろん大事ですけど、無音で人を引きつけることで、次に集中してもらうことができるんですよね。
──「Diary」のハーモニックスを使ったイントロは、ピアノやビブラフォンのような違う楽器を想起させるような音色だと感じましたが、どのようなイメージのパートでしょうか?
まさにそういうシンセサイザーなどの特別な楽器が入ってくるようなイメージで作りましたね。
──転調もありますが、この流れはどのようなイメージでしょうか? ソロ・ギターで転調をすると運指も変わったりと大変だとは思いますが……。
やっぱり高いキーに転調すると明るくなるじゃないですか。「Diary」は前向きなイメージの曲なので、より明るく終わりたいと思って転調しています。ただこの曲は、グライダー・カポを使っていて、運指は変わらないんです。
箱鳴り感は生で聴いているからいい
──今作はどのようにレコーディングしましたか?
マスタリングだけ前作と同じ方にお願いしましたが、レコーディングはすべて自宅でやりました。
──今回、レコーディング方法を変えた理由は?
ミックスもお願いするとやっぱりエンジニアさんの好みも入るんですね。それがいいことでもあるんですけど、今回はどうしても自分の意見だけですべてを作りたかったんです。スタジオだと時間の制約もありますけど、自宅だと焦りもなくゆっくり取り組めますし、最後まで妥協なく録り切れるっていうのが良かったですね。あと、マイキングによってどれだけ音が変わるかなども、試行錯誤しながら録っていったので、だいぶ勉強になりました。
──以前のインタビューでオーディオ・インターフェースなどを変えようと思っていると言っていましたが、宅録の環境は?
オーディオ・インターフェースはRMEのUCX IIにしましたね。すごく細かいところまで録ってくれて、雑味がないので難しさはありました。マイクはショップスのステレオ・セットのMK5で、ルパート・ニーヴ・デザインのマイク・プリを使いましたね。DAWはプロ・トゥールズです。それと、念のためラインも2本送って、4回線で録りました。
──どのようなイメージで音作りをしましたか?
とにかく“生”を目指しましたね。なので、ほぼマイクがメインでした。オクターバーを使う時や叩く曲、あとはタッピング・ハーモニクスなどもマグネティック・ピックアップの音がきれいに鳴るので、そういった曲でラインの音も使っています。
──せっかくなので『Covers』についても少し聞かせてください。連続のリリースですが、どういった経緯だったのでしょうか?
以前から、YouTubeでアップした楽曲を配信音源で聴きたいっていうリクエストがあったんです。僕の中ではそのために録り直そうと思っていたんですけど、時間がなくてできていなかった。“YouTubeでの演奏そのままでいい”っていうコメントも多くて、そんな中自分で宅録をしてミックスをしたことで、少し自信がついたんですよ。なので、YouTube用に録った音源を、アルバムとして聴き通しやすいようにミックスしなおして、このタイミングに配信しました。
──『Joyful』も含め、ミックス作業でこだわったポイントはありますか?
“アコギらしさ”って400Hzあたりにあると思うんですけど、そこを出しすぎると気持ち悪いんだってことがわかって。箱鳴り感は生で聴いているからいいのであって、マイクで録ると“フォンフォン”って響くだけでこもっちゃうので、そこをどれだけうまくカットするかはこだわりました。あと、マイクは低音が録れすぎちゃうので、その削り具合と中音域の削り具合はけっこう気にしましたね。
──前作『You Made My Day』(2020年)のリリースが10周年の前年でしたが、今作『Joyful』をリリースして来年は15周年です。作品についてと来年の15周年に向けて、ひと言ずつお願いします。
『Joyful』はアコギらしい音でありながらポップスとして聴きやすいアルバムを目指したので、そこを楽しんでもらいたいです。15周年も、シングルかアルバムかはわかりませんが、新しいことができたらと考えているので、それも楽しみに待っていただけたら嬉しいですね。
Yuki Matsui Solo Live 2025 〜Joyful〜
◎日程
- 2025年12月13日(土)
13:30開場/14:00開演
◎会場
- 横浜市市民文化会館関内ホール 小ホール
(神奈川県横浜市中区住吉町4-42-1)
◎チケット
- 一般:4,000円(前売)/4,500円(当日)
- 高校生以下:1,500円(前売)/2,000円(当日)
https://eplus.jp/sf/detail/4333690001-P0030001
◎問い合わせ
https://yuki-matsui.com/
『Joyful』松井祐貴

Track List
- Let’s begin
- Again
- Green Breeze
- Breakthrough
- Diary
- 散歩道
- Joyful
- Sweet dream
- Hope
- Adversity
- Still
- 疾風
- Think of you
YMusic Records/YMRC-10002/2025年10月15日リリース










