ギターが上達することが唯一の心の拠りどころ
──まずは、初めてギターを弾いた時のことから教えてください。
初めてギターを弾いたのは中学3年生の時でしたね。音楽の授業でスピッツの「チェリー」を皮切りに1年くらい習ったんですけど、その時はそこまでハマらなかったんです。
その後、高校で芸術の授業が選択科目になったので、ずっと音楽が好きだったし、音楽でギターをやってみようと思ったんです。けっこうハードな課題も多くて、Mr.Childrenやサザンオールスターズの曲とかから始まりましたね。
で、高1の最後に卒業課題みたいなものがあって、課題曲のなかで一番難しかったジェフ・ベック版の「Greensleeves」を選んだんです。それを練習している時にギターが好きになって、エピフォンのエントリー・モデルを買って、自分でも弾くようになった感じです。
──アコギを弾くミュージシャンで、憧れている方はいますか?
一番は、山崎まさよしさんですね。大学1年生の時に入ったアコギの弾き語りサークルの合宿で、ひとつ上の先輩がまさよしさんの「Fat mama」(1997年)や「ステレオ」(1996年)をやっているのを見て、“なんだこれは! めちゃくちゃかっこいいじゃん!”って。その合宿帰りに部室へ直行して、動画を見ながら練習しましたね。で、その流れでTSUTAYAに行って、山崎まさよし『ONE KNIGHT STANDS』(2000年)を借りたんです。
それからの2年間はずっと、取り憑かれたように『ONE KNIGHT STANDS』をコピーしていました。昼に起きて、部室に行って、部室が閉まるまでずっと練習。部室が閉まっても外で練習して、22時半くらいに家に帰るみたいな。学生生活を完全にまさよしさんに狂わされました(笑)。
──サークルのライブなどでも山崎まさよしさんの楽曲をやっていたんですか?
それだと完全にコピーになっちゃうので、山崎まさよしの練習で得た知識をもとに、いろんな曲にチャレンジしていました。東京事変の「能動的3分間」(2009年)をスラム奏法でやってみたり。
あと、大学の先輩にシンガー・ソングライターのUEBOさんがいるんですが、UEBOさんの「待つ女」(編注:2013年にライブ会場などで発売されたアコースティック・アルバム『Colorful Blues』に収録)というスライドの曲を練習したりしていました。
“サークルの中で目立ちたいから、なんとか新しいことをやりたい”と、試行錯誤していましたね。
──どうしてそこまでアコースティック・ギターに魅了されたのでしょうか?
ひとつは、すごく憧れがあったんです。かっこいい先輩が周りにいて、追いつきたかったし、その先には素晴らしいアーティストさんがたくさんいて。“なんとかその真似をしたい、かっこよくやりたい”っていう気持ちがありました。
あとは、単純に勉強からの逃避ですよね(笑)。大学では勉強がそんなにうまくいくタイプではなかったんです。なんというか、自分の専門がまだ見出せない中で、ギターが上達することが唯一の心の拠りどころみたいな感じでしたね。
アコギ1本で完結しているのが一番かっこいいと思うようになった
─YouTubeの“QuizKnock会議中【サブチャンネル】”に掲載されている「め組のひと」(ラッツ&スター/1983年)の弾き語り動画でスラム奏法を披露していましたよね。
すごく昔の動画! 大学生時代に住んでいた家で撮ったものです(笑)。
たしか押尾さんがスラム奏法に変えて数年とかで、ペッテリ・サリオラ(編注・スラム奏法を編み出したギタリスト)が来日公演をして注目された時期に、ちょうど学生だったので、当然ハマって。
『ONE KNIGHT STANDS』を見て以降、アコギ1本で完結しているのが一番かっこいいと思うようになったんです。まさよしさんは、ボディをコツコツ鳴らしたり、低音をすごく効かせてベースとドラムを入れたりしていますけど、スラム奏法はベースもドラムもギターの上でやれるのがかっこいいと思って、すごく練習していましたね。
──スライド奏法はどのような流れで学んでいったんですか?
大学4年くらいの頃に、デルタ・ブルースを掘っていたんです。それがまさよしさんのルーツだったりもするので。ロバート・ジョンソンを聴いたり、“ブルース名人列伝”みたいな本を読んで調べていく中で、“スライドかっこいいな”と思って練習しました。
実は、自分の卒業ライブでもスライド・プレイをやったんですよ。しっぽりとスライドのインストをやって、その後になぜかマッシヴ・アタックのアレンジをやりました。ファンがいなくて、全然ウケなかったですけど(笑)。
──伊沢さんは、どんな時にギターを弾きたくなりますか?
やっぱり良い曲を聴いた時ですね。“この曲をギターでやったらかっこいいだろうな”って思った時に、ギターを取り出します。
あと最近は、年に1回くらいサークルのOBライブが行なわれるようになったので、それに向けて弾いたりとか。
──最近、練習している曲はありますか?
大学4年生くらいの時に、和田アキ子さんの「古い日記」(1974年)を“ブルース風”に弾くというのを2ヵ月くらい必死に練習していた時期があって。それを久々に思い出して、練習していました。
あとは、この取材が決まったタイミングで、『山崎まさよし全曲集』を引っ張り出してきて、改めて1曲1曲ハーモニカを吹きながら弾いたり。当時を思い出して楽しかったですね。
──たまにテレビやYouTubeの企画で自作曲を披露することもありますが、企画以外で作曲することもありますか?
もう10年くらい作ってないですね。サークルにはオリジナルをやっていた先輩方もいて、かっこいいなと思ってやってみたこともあったんですけど、僕は自己開示がそんなに上手じゃなくて、詞も上手く書けないし、曲もありきたりになっちゃって。
サークルの後輩にキタニタツヤとかもいたので、心が折れてずいぶんとやっていなかったですね。
買った時は興奮しました。“俺は得たぞ!”って
──アルバレイス・ヤイリのWY1を弾いている大学生時代の写真を見たのですが、あのモデルについて教えて下さい。
大学に入ってすぐの時にアート&ルシアーのエレアコを買ったんですけど、山崎まさよしをやるにはちょっと柔らかくて、物足りなくなっちゃったんですよね。
で、もう少しパリッとしたギターが欲しいなと思っていた時に、御茶ノ水でアルバレス・ヤイリと出会ったんです。
ハナレグミや憂歌団の木村充揮さんもアルバレスを使っていたので、“これだ!”と思って。本当に取り回しがよくて、活躍してくれましたね。
──今日は50年代製のギブソンSouthern Jumbo(下写真/解説は記事末尾に掲載)を持ってきてくれましたが、このギターとの出会いは?
これは2019年、もうサークルは引退していた時期なんですけど、QuizKnock3周年の記念で買いました。楽器店に4回くらい通って、悩みに悩んで購入しました。いまだにこれが人生で圧倒的に一番高い買い物ですね。
それでもやっぱり、50年代のサザンジャンボがずっと欲しかったんです。山崎まさよしといえば、ですし。何度もまさよしさんの使用機材記事を読んで、いつかはと思っていたので、買った時は興奮しました。“俺は得たぞ!”って。
──どんなところを気に入っていますか?
ドーンと低音が出ますし、一方で煌びやかな音が出ないでわけでもないので、アルペジオで弾いても綺麗ですし。
あと、ナット幅が42mmで、43mmのものと比べると弾きやすいんです。
──ピックアップも搭載しているんですか?
ピックアップは、“山崎まさよし式”に入れようとしたんですけど、まさよしさんの59年製モデルとはブレイシングがちょっと違うので、同じ場所には入らなくて、違うところに入れてもらっています。
──今日はもう1本、ギブソンのL-48(下写真/解説は記事末尾に掲載)をお持ちですが……これは?
これは3年くらい前に、誰も僕の誕生日プレゼントを買ってくれないので、自分で買おうと思って(笑)。
内田勘太郎さんのプレイとかも見ていたので、アーチトップもずっと欲しかったんです。まさよしさんもL-48を持っていましたし、それも含めて憧れのモデルだったんですよ。
──勘太郎さんに憧れたということは、本器でスライド・プレイをすることもありますか?
一昨年、このギターでサークルのOBライブに出た時に「ラブ・イズ・オーヴァー」(欧陽菲菲/1979年)をスライドでやりました。スライドで弾くと、枯れた感じが出てすごく素敵なんですよね。
──ライブでの出力はどのように?
これはピックアップを載せていないので、マイクで生音を拾う形でした。
ギターは本当に無限ですね
──伊沢さんの“ビンテージ・ギブソン愛”はどこから来ているのでしょうか?
うちのサークルは、マーティン派が多かったんです。でも、僕が習っていた先輩方はギブソン派ばかりだったので、ギブソンへの憧れが強かったんですよね。
当時、テイラーが流行り始めた時期で、同級生たちは頑張ってテイラーを買うみたいな流れもありましたけど、“俺は違うぞ! 俺はギブソンなんだ!”って、ずっと思っていました。
あとは楽器店で、申し訳なくなるくらい試奏させてもらう中で、やっぱり50年代のギブソンが好きだなって。ビンテージはカリッとした音がするし、安定しているので、2本とも買ってよかったですね。
──伊沢さんが思う、アコースティック・ギターの魅力とは何ですか?
“これ1本で全楽器が表現できる”っていうのが、僕の中での魅力ですね。ドラムがあってベースがあってメロディがあって、しかもそれに乗せて歌うことができる。この完結性に憧れて、僕はずっとギターを弾いてきました。
──では、伊沢さん自身にとって、アコースティック・ギターとはどんな存在ですか?
自分を解放してくれる存在かもしれないです。日常の楽しいこと、楽しくないことから一度解き放たれて、歌に没入できる感じがするんですよね。
あと最近、木村充揮さんが街中で歌っている動画ばかり見ているんですけど、それがすごく楽しそうで。そういうのを見ていると、自分の気持ちが開かれていくような気がします。
まあ解き放ってくれるにしては、ちょっと(値段が)高すぎますけどね。逆に縛られているような(笑)。
──エレキ・ギターも持っているということですが、やはりアコースティック・ギターは特別ですか?
圧倒的にアコギを弾いてしまいますね。もう、持っていたいから持っていたりするので。部屋に無駄に置いてみたり、飾ってみたり、弾いてみたり。
ギターは本当に無限ですね。僕は一生ギターを買い続け、そして人に迷惑をかけるんだろうな、お金の使い方的に(笑)。
mid 1950s Gibson Southern Jumbo
長年の憧れを叶えた愛器
伊沢が愛用するギターは、ギブソンSouthern Jumbo。ヘッドのクラウン・インレイやロゴ、ポインテッド・ピックガードなどから、1950年代中期頃の個体だと思われる。敬愛する山崎まさよしが愛用していることから、ずっと憧れていたモデルを、2019年に入手した。
シトカ・スプルース・トップにマホガニー・サイド&バックのボディには、無数のクラックが入りビンテージ感を漂わせる。
本器にはピックアップも搭載済みで、ライブでプレイする際には、L.R.バッグスのpara Acoustic D.I.を通して出力している。
1951 Gibson L-48
スライド・プレイにぴったりな渋めの1本
1951年製のギブソンL-48は、木目から推察するに、材構成はトップはスプルース、サイドはマホガニー、バックはメイプル。ボディに艶もあり、保存状態の良い個体だ。
ピックガードなどの一部パーツは、入手時点で交換済みだったようで、伊沢の入手後にカスタムは施していない。
以前開催されたサークルのOBライブでは、本器でスライド・プレイを披露。なお、ピックアップは搭載していないため、同ライブではマイクを立てて出力したとのこと。