きっかけはパット・メセニーのバリトン・ギター
——おそらくカイさん唯一と思われるこのチューニングのアイディアは?
パット・メセニーの『ワン・クワイエット・ナイト』(2003年作)が、ローAのバリトン・ギターをナッシュビル・チューニングにした画期的なソロ・ギター作品で、まずはそれを聴いたのがきっかけです。アレをどうにか真似したいと思って。
もうひとり昔からチャーリー・ハンターに憧れていて、バークリー音楽院に行った2001年頃から、ロング・スケールとか多弦ギターの世界があることは知っていたんですね。で、僕がバークリーを卒業して帰ってきて、たまたまチャーリーが来日した時に通訳をやらせていただいたことがあって。
その時にチャーリーにアコースティックはやらないの?って聞いたら、彼がアコースティックはインポッシブルだって言ったんですよ。不可能だと。ちゃんと生音で出すにはアップライト・ベースぐらいのスケールが必要で、ボディ・サイズも大きくないと無理だって言われて。
それで、よし、それなら僕がやろうって(笑)、そこで決めたんですけど、実際にはどうしたらいいのかわからなくて。そんな時、パット・メセニーのアルバムに出会って、バリトンならいけるかもしれないって。
ナッシュビル・チューニングは、真ん中の2本(3、4弦)がオクターブ上になっているだけなので、コード・シェイプはレギュラー・チューニングで弾く形のままで、ボイシングがユニークになる。さらに下がベースの音域になれば、ギター・パートと分かれて伴奏楽器として成立するんじゃないかって。それを思いついたのが、15年ぐらい前のことですね。
——その時はオベーションのバリトンで?
いや、普通のスケールのオベーションです。その頃はバリトン・ギターの選択肢がほとんどなかったり、いろいろ理由があって。
オベーションって弦をブリッジのうしろ側から通しますよね。それだと太いベース弦が張れたんです。普通のアコギのブリッジピンで止めるタイプだと、90度弦を折らなきゃいけないので、ベース弦を張れないんですよ。弦が折れるかサドルから浮いちゃうという問題があったわけです。
ただ、オベーションはちょっと音的には満足できなくて。で、ブリードラブが、弦をブリッジのうしろから通すタイプで、ベース弦が張れて、さらに音も素晴らしかったので、ずっと使っていたわけです。
もう10年ちょっとはブリードラブに頼りっぱなしだし、今でも大好きなギターです。で、そんな話をギター製作家の平光泰典さんと10年前ぐらいに話したら、すごく面白がってくださって。平光さんは誰も作ったことがないギターを作りたいという思いがあったようでスタートしました。
——長い期間がかかりましたね。
最初のプロトタイプができたのが2015〜16年ぐらい。レギュラー・スケールの645mmだとオクターブで高いほうが合わなくなるので、670mmスケールで考えました。
それはそれでバリトン・ギターとしては、見事に成立した楽器だったわけですが、いろいろ改善点が見えたんです。30インチのスケールにしてできないかって相談してできたのが2021年の暮れでした。
その頃は、5、6弦もフレットが付いていて、ものすごく鳴るので、弦の種類を変えても、ベース弦がフレットに当たる音がどうしても気になってしまって。どうしようってなった時に、ダメモトで平光さんに5、6弦だけフレットレスにできませんか?ってお願いしたんです。そしたらすぐ取り掛かってくれて。余計大変だったと思うんです。せっかく打ったフレットをすべて抜いて、空いた溝をエボニーでキレイに埋めてくれて。そうしたらもうびっくりするぐらい理想に近くなったんです。
その時はまだローEを目指してたので、平光さんの工房に直接行って、あらゆる弦を張って試して、 ふたりが納得する音域と響きがGだねって、ようやく落ち着いたんです。運指的にはちょっと覚え直しが必要なんですけど、楽器が一番本領を発揮できるほうがいいなって。
それですぐ自分でフィッシュマンのレアアース・ブレンドを付けて使い出しました。ブリードラブの時代は、ずっとサンライズとオーバルのミックスで使っていたんですけど、もうちょっと目立たないマグネッティック・ピックアップにしたくて、今はレアアース・ブレンドを試している状態なんです。
唯一の課題は、サンライズは、各弦のポールピースの高さが調節できるけど、レアアースはできないということ。この弦のゲージだとプレーン弦と巻弦の出力バランスが、通常のパターンと異なるので、本来なら各弦ごとにポールピースの高さで調整する必要があるんです。
ただ、レアアース・ブレンドに付いているコンデンサーとの相性が良いみたいで、今のところ役立っています。
カイ・ペティートが本器を完成させるまでの試行錯誤や、実際の使用感などを深掘りしたインタビューの全編は、アコースティック・ギター・マガジン2025年3月号 Vol.103に掲載中!
アコースティック・ギター・マガジン2025年3月号 Vol.103
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