シンガー・ソングライター小林私が、アコギ1本で行なう楽曲制作と、“逆張り”で築いたプレイ・スタイルを語る

心を揺さぶる力強いアコギのプレイと、唯一無二の言葉選びで聴く人を魅了する、シンガー・ソングライターの小林私。ライブでの弾き語りはもちろんのこと、アコギ1本で曲作りを行なっていたりと、彼とアコギは“切っても切れない関係”だと言える。

そこで今回は、小林とアコースティック・ギターの関係を探るべく、アコギを始めた学生時代の話やプレイ・スタイルのルーツ、さらに2024年8月にリリースされたニュー・アルバム『中点を臨む』の制作談などを聞いた。

取材・文=角 佳音

ひとりで完結できるアコギが面白いと思うようになったんです

──まずはアコギとの出会いから教えてください。初めてアコギを弾いたのはいつでしょうか?

 中学3年生の時、音楽の授業で「きらきら星」を弾いたのが最初でした。その時は、“楽器を始めたい”とか“ギター面白い”とは思ってなかったですね。

 それから高校で軽音部に入って、最初はエレキ・ギターを弾いていたんですけど、そのバンドが解散して。で、高2で新しいバンドを組んだ時に、Whiteberryの「夏祭り」(2000年)をコピーすることになったんです。エレキよりアコギで弾いたほうが面白いんじゃないかって思って、バイトをしてアコギを買いました。

──アコギ・プレイヤーで憧れていた方はいますか?

 大石昌良さんやシンガー・ソングライターの“中原くん”、あとは“いのけん”さんのスラム奏法の動画も観ていました。

 ただ、“スラム奏法をやりたいな”とか“スラップもかっこいいな”っていう思いはあったんですけど、練習ができなかったんです、人間として(笑)。エレキにハマらなかったのも、バンドだとスタジオに入る前に、譜面を覚えるために練習しないといけないのに、それが全然できなかったからで。で、ひとりで完結できるアコギが面白いと思うようになったんです。

──高校時代に作詞作曲も始めたんですよね。曲作りを始めたきっかけを教えてください。

 おもにふたつ理由があって。まず、テレビ番組『ゴッドタン』(テレビ東京)の「マジ歌選手権」(お笑い芸人が自作曲を披露する企画)を観て、“あ、曲って誰でも作って良いんだ”って思ったんです。

 もうひとつが、それと同時期に中原くんがTwitter(現X)で開催していた、彼の曲のカバー・コンテストで。課題曲が5曲くらいあったんですけど、当時はTwitterに載せられる動画の尺が30秒までだったので、1コーラスだけとかを載せている人が多かったんですよね。

 僕はそこで、課題曲を全部無理やりくっつけてメドレーみたいにして出したんです。中原くんの曲を分解して、歌詞とメロディを再度くっつける作業をした時に、“じゃあ、コードとメロディと歌詞を自分で考えれば、曲作れるじゃん!”って気づいたんですよ。そのイベントで“中原賞”をいただいてから、自分でも曲を作り始めました。

──当時はどんな曲を作っていましたか?

 部室に貼ってあったポスターを見て、“部室は♪綺麗に♪使いましょう♪”っていうダサい曲を作ったり……(笑)。かっこいいと思って作って、あとから見直して“やっぱり違うな”ってのをくり返していたので、“超ダサい曲”がノート2冊分くらいありましたね(笑)。

いつか「雫」みたいな曲を作りたいと考えていたんです

──普段、曲を作る時のシチュエーションは?

 基本、家です。ギターを持ってスマホのメモ帳を開いて、“曲を書くぞ!”と思って書き始めます。

 だいたいが詞先で、1行目の詞にメロディをつけて、あとは流れで書いていきますね。あとから構成を組み直す人もいると思うんですけど、僕は頭から書き始めて、ひとつ目の展開に飽きてきたら次の展開を作る、という流れです。

──コードとメロディはどのような流れでできあがっていくのでしょうか?

 歌詞の次にコード、それとほぼ同時くらいでメロ、という感じですかね。でも、だいたい同時で、一気に書いちゃうことが多いです。最速で1曲を40分くらいで書いたこともあります。

──曲作りの時に手に取るギターは決まっていますか?

 いえ。メイン・ギターはFURCH(CTM Green Gc-ER)なんですが、ライブの時は車に積んで行って、そのまま車に置いていることが多いので、曲を作る時は手元にある別のギターも使っています。

──ギター以外で作曲することは?

 ないですね、本当に機械がだめなんです。試そうと思って、ドラムやコードを打ち込んでみたこともあるんですけど、理解不能でした(笑)。

──ニュー・アルバム『中点を臨む』には、アニメ『ラグナクリムゾン』(2023年)のタイアップ曲、「空に標結う」と「鱗角」が収録されていますね。どちらもアニメの世界観とリンクしていますが、どんなことを考えながら作っていきましたか?

 “現代日本で放送されるアニメ”という価値観は持ちつつも、『ラグナクリムゾン』1期のファンタジー感とどこまでリンクさせるか考えていました。

 ちなみに、「鱗角」は8分の6拍子の曲なんですが、これは僕が“アニソンといえば、スキマスイッチの「雫」(2009年)っしょ!”と思っているからです(笑)。

──「雫」も8分の6拍子ですよね。

 「雫」がオープニング曲として使われている、アニメ『獣の奏者エリン』(2009年)は原作からずっと好きで、いつかこんな曲が作りたいと考えていたんです。でも、普段の楽曲で「雫」的な世界観を表現するのは難しいなと思っていたので、この機会にそういう体で書いてみました。

──「鱗角」は、ラスサビの前で転調して、A♯が出てくるのが印象的でした。絶望の中に、わずかな希望を感じられるような展開です。

 何か展開をつけたいなと思っていたんですよね。アニソンって、本編では89.5秒尺が流れて、リスナーはそこからフル・コーラスを聴きにくる流れじゃないですか。

 例えば、僕の原体験であるアニメ『ドラゴンクライシス!』(2011年)のオープニングに使われている「インモラリスト」(堀江由衣/2011年)って曲があるんですけど、そのフル・コーラスがやばいんです。曲も長いですし、アニメ尺とは全然違う展開がずっと続く。それがすごく好きだったのもあって、せっかくフルを聴きにきてくれるなら展開があったほうがいいなと思って、色々と入れてみました。

──7曲目の「加速」は、配信で弾き語りバージョンを披露していましたね。そこで“コードを簡単にした”というコメントがありましたが、コード・メイクはどのようにしましたか?

 最近、“コードをいっぱい使えてすごい!”って思われたがってたなと(笑)。なので、初心に帰ってあまりコードを使わないようにしました。あとは単純に、コードが複雑だとライブで弾くの難しいなって(笑)。僕、ライブで弾けないと、演奏しなくなるので。

──「加速」に関して、ほかにこだわったポイントはありますか?

 途中、“速度を上げて”っていう歌詞があるんですが、そのタイミングで絶対にテンポを遅くしたいとは思っていましたね。

本当は布袋寅泰さんみたいに弾きたいんですけどね(笑)

──アコギのプレイ面で意識していることは何ですか?

 “強く弾く”ことです(笑)。プロになるまで、4万円で買ったJames(注:島村楽器のオリジナル・ブランド)を7〜8年近く使っていたんですけど、高いギターと比べるとどうしてもパワーが落ちてしまうじゃないですか。もちろんそれが良さだったりもするとは思うんですけど、“音はでかいほうがいいだろう”と思って弾いていたらどんどん強くなっていったんです。

──そのほかに“小林私らしいアコギ”にはどんな要素がありますか?

 アコギを弾くシンガー・ソングライターで、スウィングをする人ってほぼいないと思うんですけど、僕はエレクトロ・スウィングがすごく好きなので、スウィング調の曲をよく作っているんです。

 今回のアルバムには入っていないですが、最近作った曲だと、声優の大渕野々花さんに楽曲提供した「夢.jpg」(2024年)。

 あとは「サラダとタコメーター」(2023年)、「biscuit」(2023年)、「日暮れは窓辺に」(2022年)とかもスウィングですね。これらの曲をやる時は、ギターのボディを“とにかく強く殴る”っていう(笑)。周りには“アコギなのに、キックみたいな音が鳴ってていいね!”って言われます。

──どのように、そのプレイ・スタイルを確立してきたのでしょうか?

 アコギを弾くシンガー・ソングライター=温かい音を鳴らす、っていうイメージがあるんですけど、そこへの“逆張り”ですね。僕がアコギを始めた頃、“東京のアコギを弾くシンガー・ソングライター”といえば、東京・四谷天窓っていうライブハウスだったんです。で、そこで活動していたシンガー・ソングライターだと、なんだかんだ“アコギの温かい音を活かそうよ!”っていう人が多くて。

 でもその中で、そういうプレイングじゃなかったのが、中原くんだったり、音楽アプリ“nana”で「Rainy」がバズった廣野ノブユキさんだったり。廣野さんもギターが超上手くて、アコギ弾き語りなのにギター・ソロが1分くらいある。で、それはやっぱりギターが上手くないとできないので、自分はパワーでなんとかしようと思っていたんですよね。

 あと僕は、できることを増やしたいっていう気持ちがあまりないんです。ギターを始める時って、大体挫折するじゃないですか。でも僕の場合、“今はできないけど、1年後に弾けていればいいや”みたいな気持ちでずっと弾いてきたんです。で、1年後、“1年前よりは弾けてるか。じゃあ10年後が楽しみだな!”みたいな(笑)。

 なので今のプレイングは、いろんなことからの逃げと逆張りと、楽観と向上心のなさの結果ですね。本当は布袋寅泰さんみたいに弾きたいんですけどね(笑)。

──最後に、小林さんにとって“アコースティックギターで弾き語る”という行為はどういうことか、教えてください。

 ずばり“孤独”ですね。アニメ『ぼっちざろっく』(2022年)を観て、“絶対にバンドを組んだほうがいい! 弾き語り、しょうもない!”って思ったんですよ。“あれ? 俺が本当の『ぼっちざろっく』ってこと?”って(笑)。

 絶対にバンドのほうが楽しいのに、周りで楽器をやってる人たちはもうみんなバンドを組んでいるし、そうじゃない人たちは就職しているし、もうバンドは組めないっていうか。だから、“孤独”で“身軽”だなと思います。

小林私

公演情報

『中点を臨む』小林私

Track List

  1. 空に標結う
  2. 私小林 (produced by Mega Shinnosuke)
  3. 秋晴れ
  4. 落日
  5. 冷たい酸素
  6. スパゲティ
  7. 加速
  8. 鱗角

King Record Co.,Ltd/HEROIC LINE/NKCD-10510/2024年8月16日リリース

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