デビュー前夜にオーダーで取り寄せた2本のギブソンJ-160E
ビートルズの「I Feel Fine」のイントロで、ベースのA音に被さるように響いてくるフィードバックは、J-160Eをアンプで鳴らしたものだ。実際にプレイしているのはジョン・レノンだが、レコーディングで使用したのはジョージ・ハリスンのJ-160Eと言われている。
1962年6月、ビートルズは、EMIのパーロフォン・レーベルとのレコーディング契約を取りつけて、レコーディングとライブに明け暮れる日々を送っていた。ジョンとジョージは、地元の楽器店でギブソンのJ-160Eを注文する。リヴァプールのラッシュワース楽器店は、イギリスで数少ないギブソン製品を扱う店で、J-160Eは通常商品とは別扱いだったため、カタログから選んで取り寄せることとなった。ちなみに価格は1本161ポンドだった。
ギブソンに残された記録によると1962年6月27日に2本のJ-160Eを出荷。船便で到着するまでにおよそ2ヵ月。9月10日の日付でラッシュワース楽器店にて、ジョンとジョージにJ-160Eを手渡す写真が残っているが、後日に撮影された写真という説もある。ついでに、ラッシュワース楽器店はビートルズのために特別にJ-160Eを空輸したという説もあるのだが、常識的に船便で運搬されたと言われている。
なおビートルズは1962年の9月11日に「Love Me Do」と「P.S. I Love You」をレコーディングしているが、そこでJ-160Eを使ったという記録は残っていない。
入れ替わったジョンとジョージのJ-160E
まだデビュー前であり、J-160Eは分割払いで購入していた。記録にはジョージ・ハリスンのギターのシリアル・ナンバーは“73157”、ジョン・レノンは“73161”とある。
翌1963年の12月24日から、ロンドンのアストリア劇場で全16夜、毎回2公演の“ビートルズ・クリスマス・ショー”が開催された。パントマイムやコメディも盛り込まれたこのイベントの最中に、ジョンのJ-160Eは盗難に遭ってしまう。大入満員の盛り上がりの中、2本のJ-160Eは楽屋でも使用、どちらかが自宅に持って帰ることも多かったため、1本がなくなっていることに気づくのが遅れたらしい。
さらにややこしいことに、1962年9月に手に入れてからこのショーの間までに、ジョンとジョージは、お互いのJ-160Eを取り替えていたのだ。2015年、およそ50年間行方不明になっていたジョンのJ-160Eは米サンディエゴで発見され、オークションで241万ドルで落札された。このギターのシリアル・ナンバーが、ジョージ名義の“73157”だった。まったく同じ楽器であったため、知らず知らずのうちに入れ替わっていたのか、それとも弾き心地やサウンドの特性により交換したのか、今となっては知る由がない。
ちなみにジョンは、盗難のあと1964年製のJ-160Eを入手するが、レコーディングではたびたびジョージの1962年製を使用していた。
王道のアコースティックにはない個性的なサウンド
J-160Eが登場するのは1954年。Jはジャンボの頭文字である。ジョンはこのギターを“ジャンボ”と呼んでいたそうで、このモデル名に由来しているものと思われる。最後のEはエレクトリックの頭文字で、P-90ピックアップが装着されていたことを示している。実際にアンプをつないだ時のサウンドはエレキのフルアコのような温かいトーンで、現在の一般的なエレアコとはまったく異なる音色だ。
16インチのラウンド・ショルダーのボディはJ-45などと同じシェイプだが、構造が異なっていた。ボディのトップは合板を採用。強度や響きに優れたXブレーシングではなく、力木がハシゴ状になったラダー・ブレイシングが採用された。アンプにつないで音を出した時のハウリングを防ぐため、あえてボディが鳴らない構造が採用されたのだ。
ジョージのJ-160Eは、65年にピックアップの位置を2度動かしている。ブリッジとサウンドホールの間に、移動した際に開けた8つの穴を今でも確認できる。サウンドホールの後方にも取り付けた跡があるが、結局はオリジナルの場所に戻された。リア側に移動するとピックアップと弦の距離が離れ、ポールピースの位置もずれるため、出力が小さくなることが問題だったのかもしれない。
ジョージはAC30などのアンプを通して使用することが多く、「Please Please Me」や「Ask Me Why」、「Devil In Her Heart」のバッキング・フレーズ、「All My Loving」の間奏、「This Boy」のエンディングなどでウォームな図太いトーンを確認できる。一方でジョンは生音で使用することが多く、ハイハットのような高音成分を持つシャープな響きを活用していた。
現在、ジョージのJ-160Eは“ジョージ・ハリスン・エステート”(ジョージの遺産管理団体)により大切に保管されている。王道のアコースティック・ギターには出せない個性的な響きを生み出すこのJ-160Eは、デビュー以前からジョージのプレイを支え続けた世界的に見ても極めて高い価値を誇るギターである。










