今井勇一/Millennium 8弦
クラシックの伝統とモダンな演奏性の両立
クラシック・ギタリスト、鈴木大介は、クラシック・ギターの世界で高い評価を受けてきただけでなく、映画音楽や現代音楽、さらにはポップスやジャズとの越境的なコラボレーションにも積極的に取り組み、その多彩な音楽性で知られている。伝統を踏まえながら常に新たな表現を求める姿勢は、彼のキャリアの随所に表われてきた。そして今回、その探求心が辿り着いたのが、今井勇一氏製作によるこの8弦ギターである。
東京は中野区に工房を構える今井勇一氏は、クラシック・ギターのオーセンティックな響きを保持しつつ、現代的な演奏性にも応える製作家として名高い。鈴木が手にする今井ギターはこれで5本目。最初に入手したのは2000年に製作されたアントニオ・デ・トーレスの名器“ラ・エンペラトリス”のレプリカ“Millenium”で、今回の8弦はこれを青写真とし、スプルース・トップとブラジリアン・ローズウッド・サイド&バックによる格調高い仕様で完成した。
導入の背景には、バロック音楽やシューベルトの歌曲をギターで演奏する際に避けがたかった低音不足のジレンマがあった。クラシック・ギターには10弦ギターという解決策も存在するが、調弦や運指、ミュートが複雑で6弦ギターとは異なるスキルが必要だ。そこで鈴木が選んだのが、音域拡張と6弦の演奏性を両立させる8弦という選択肢だった。この着想には、ジョン・ピザレリを始めとするジャズの多弦ギタリストたちの存在も少なからず影響しているという。
その効果は顕著だ。例えば「無伴奏チェロ組曲」をバッハのリュート編曲にならって5度上げで演奏する際、6弦ギターでは低域の支えが不足したが、8弦ギターの導入によって豊かに補われる。また、アンサンブルではベース・ギター的な役割を担うことも可能となり、従来の表現領域を超えた音楽的景色が広がっている。さらにブリッジ・サドルの幅が広がったことから生まれる倍音の豊かさも、この楽器ならではの魅力だという。
クラシックの伝統とモダンな演奏性。その両立を可能にする今井勇一氏作の8弦ギターを手に、鈴木大介は新たな表現世界を切り拓こうとしている。
鈴木大介が本器の製作にいたった経緯や8弦のメリットについて語ったコメントは、アコースティック・ギター・マガジン2025年12月号 Vol.106に掲載!
アコースティック・ギター・マガジン2025年12月号 Vol.106









