コンテスト結果
2001年から始まった“モーリス・フィンガーピッキングデイ”。伍々慧(2004 年)、わたなべゆう(2006 年)、田中彬博(2007年)、西村歩(2008 年)、井草聖二(2009 年)、豊田渉平(2012 年)、エバラ健太(2015 年)、西村ケント(2017年)ら現在も現役プレイヤーとしてバリバリ活躍しているギタリストを輩出し、まさにソロ・ギターの登竜門と呼べるコンテストとなった。
2024年は観客動員数269名が見守る中、コンテスト出場者20名で演奏を競い合い、最優秀賞はChun Sang Hyeok(チャン・サンヒョク)が、優秀賞は坂本佳祐が受賞という結果になった。昨年アコースティック・ギター・マガジン賞を受賞した坂本佳祐は、今回こそ最優秀賞を!という気合いのこもった演奏だったが、チャン・サンヒョクの飛び抜けた演奏技術と表現力に僅差で敗れた。近年は海外勢に最優秀賞を取られるケースが続いているので、来年こそは日本勢の挽回を期待したい。
アコースティック・ギター・マガジン賞インタビュー:上東裕嗣
さて、アコースティック・ギター・マガジン賞は、大阪の上東裕嗣に贈ることに。日本のソロ・ギター・シーンではなかなか見当たらない古いジャズやブルースを素地にしたフィンガースタイルで、群を抜いて個性が際立っていた。早速話を聞いてみよう。
●コンテストの出場は初めてですか?
○初めてです。バンドをやめてから、ソロの活動もしていこうと思って、フィンガースタイルを極めようとしていました。昨年あたりからレパートリーを増やしていって、ひとりでのライブを数回やるようになったというところです。
●なぜコンテストに?
○より多くの人に観ていただきたい、自分のスタイルを広めたいという思いからです。あと、どこまで自分のスタイルがこういうコンテストで許容されるのかを確かめたかったんです。審査員も有名な方たちなので 僕の音楽を聴いてほしかったですし、だからこそ自分のスタイルに特化して出場してみようと思いました。
●いわゆるソロ・ギターのメインストリームとは異なる古いジャズやブルースを素地にした音楽性ですね。
○一番好きなのは30年代とか20年代の戦前ジャズが軸になるんですが、フィンガースタイルのソロ演奏だと、もっとあとの時代のギタリストを手本にしています。まずテッド・グリーン。今もまだ生きている方でテッドのスタイルを継承しているティム・ラーチ。あとレニー・ブロウとか。そのあたりが全部お手本ですね。自分のコンセプトが、ソロ・ギターなんだけど、50%ぐらいは、アドリブを入れたいというスタイルなんです。100%固めきったソロ・ギターじゃなくて、ある程度余裕を持たせた演奏というのが理想なので、そのスタイルを追求しています。
●今回の演奏の出来映えは?
○けっこう独特な雰囲気なので、普段とはちょっと違いましたけど、90%ぐらいは出せたと思います。
●今回使っていたギターは?
○三木楽器で購入させてもらった1931年製のギブソンL-1です。僕の理想となる12フレット・ジョイントのこの仕様のL-1は、この時期だけなので。
●かなりこだわった年代のL-1ですね。ということはネックもごつくて弾くのもけっこう大変なのでは?
○そのリミテーションというか制限がオールドスタイルたる所以というか。その中で自分を表現するのが好きなんです。12フレット・ジョイントで、ネックもある程度太くて押さえづらいけど、やっぱり、それでしか出ない音があるので。1930年代のミュージシャンが弾いていたギターで、というのもこだわりです。
●今おいくつですか?
○今39歳です。
●大阪と言えばマニアックな戦前音楽集団Sweet Strings/Sweet Hollywaiian(主宰:松井朝敬)がいますよね? 上東さんも交流が?
○まさにそうです。もともとそういう世界に憧れはあったんですけど、実際どう弾いていいかわからないので、松井さんのSweet Stringsの門戸を叩いたり、ヒントを得るためにアコースティック・ギター・マガジンの有田純弘さんや、打田十紀夫さんのコラムを読んでいました。有田さんがお薦めしているものを聴いて探っていったことが大きいです。
●かなり狭い道へ……。
○だいぶ狭いです。ほんと狭いです(笑)。
●でも、世界中に愛好家がいますよね。
○もうみんな知り合いです(笑)。
●オリジナル曲はどのような作り方を?
○実はオリジナルを作ったことがなくて、このコンテストのために作ったのが初めてなんです。申し込みの締め切りが前日か前々日ぐらいだったので、実は1〜2時間で作って送ったんですよね。なので、もともとは、アドリブのインプロヴィゼーションがもとになった曲というか。
●テーマを作って、アドリブの要素を取り入れつつという感じですよね。ちゃんとソロ・ギターのインストとして成立していたし、そういうスタイルでコンテストに出てくる人は今までほとんどいなかったかと。
○なんとか成立させたっていう感じですけど(笑)。こういうギター・スタイルを広めていきたいんです。レッスンもしているんですけど、教則本とかを出していきたいなと考えています。今、イギリスの出版社で教則本を出す話が進んでいるところなんですけど、その日本語バージョンを出せたら良いなと。あと、フィンガーピッキングでアドリブ・ソロみたいなこともメソッドにしてみたいですね。
●ソロでもライブができるということは、今後の活動は範囲が広がるのでは?
○そうですね、いろんな活動を増やしていきたいです。ソロ・ギターに特化したライブとか、デュオやさまざまな編成のジャズに特化したライブとか、アーチトップに特化したライブなど、いろいろコンセプトを変えながらやっていきたいです。
●今回のコンテストに出たことで世界が広がったのでは?
○そうですね。世界を広げたくて、このコンテストに出たところもあるので。古いジャズの愛好家だけではなく、多くの人に聴いてもらいたい。マーティン・テイラーも言っているんですけど、ソロ・ギターを弾くようになって、一般の人も自分の音楽を聴いてくれるようになったって。やっぱりそれは重要だなと思うんです。
於:2024 年3月30日@横浜赤レンガ倉庫1号館ホール 写真:ashtei 文:相川浩二(編集部)