齊藤ジョニーが語る新作『キミと坂道』の“グルーヴ”と、長渕剛から学んだ“歌い手としての原点”

本誌連載『現代ブルーグラスのフラットピッキング革命』でもお馴染みのシンガーソングライター、齊藤ジョニーが、弾き語りで紡いだ最新アルバム『キミと坂道』をリリース。ギターと歌による“グルーヴ”が今作の肝となっているそうだ。さらに、長渕剛のツアー・サポートなどを経て学んだシンガーソングライターとしての姿勢も、作品に深く影響を及ぼしている。最新作のギター・プレイの話を軸に、彼の現在地を探っていこう。

インタビュー=福崎敬太 

BPMじゃなくグルーヴを信じることが大事

──前作『最後の電車に間に合えば』に続き“弾き語り”をテーマとした新作『キミと坂道』ですが、全体の雰囲気はかなり違うものに仕上がりましたね。

 前作はどちらかというと内向的で、自分の暗い部分や汚れた部分から目をそらさずに切り込んで、苦しみながら形にしていったような作品だったんです。でも今作は、自分の音楽的な好奇心をもとに、純粋に外の世界に向かって出ていく、エネルギーに満ちた作品になりましたね。

──演奏面で何かテーマはありましたか?

 今回特に意識したのは“グルーヴ”。ここ2~3年の重要なテーマで、自分の好きな音楽を改めて聴いてみるとすごくグルーヴしているんですよ。音楽でちゃんと人の気持ちをつなぎ止める、間を持たせるためには、やっぱりグルーヴがないとダメだなと。

 で、自分はカントリーやブルーグラスをやってきましたけど、そのグルーヴも改めてちゃんと見つめ直したし、ブラック・ミュージックもちゃんと勉強し直して。そのグルーヴが自分の中で染み込んできたら、ある時からすごく自由になったんです。

──今回はクリックを使わないでレコーディングしたそうですが、それもグルーヴにひと役買っているのでしょうか? クリックを使わなかったことで、どういった効果が得られましたか?

 結果から言うと、クリックに急かされることがなくなりましたね。今まで演奏してきて、“クリックに追いつかなきゃ”みたいに感じることがすごく嫌だったんですよ。それにGoose houseとかではクリックなしで動画を撮ったりしていたので、“別にクリックに合わせてレコーディングしてなくても……そのほうが気持ちいいな”って思うこともあったんですよね。

 で、最近グルーヴについて理解を深めていく中で、クリックはあくまでもガイドであって、BPMを信じるんじゃなくグルーヴを信じることが大事なんだっていうことに気がついたんです。今まではクリックに対して“早いな”、“遅いな”っていう考えだったのに対して、まったく違う価値観が生まれたというか。

 自分がちゃんとグルーヴの中に入っていれば、メロディや曲のイメージが勝手にテンポを導いてくれる。その感覚を大事にしたかったんです。やっぱり聴き直しても、急かされる感じがないし、それが聴きやすさにつながってるかなと思いました。

──Goose houseでのクリックを使わない演奏は、他の人のリズムをガイドに自分のリズムをキープしている面もあったと思いますが、今作は弾き語りで歌とギターを合わせて一発録りする中で、どうリズムを感じながら演奏していったんですか?

 これはすごくいい質問で。普通はグルーヴって、チームプレーで生み出すものだと思うんですよね。それを弾き語りでやらなきゃいけないということで、ギターと声で違うことをやっている感覚が必要だったんです。大もとにあるグルーヴに対してギターはギターのノリ方で、声は声のノリ方っていう。それがすごく難しくて。だから、感覚もですけど、体の動きもけっこう大事だったんですよね。

──体の動きとは?

 例えば足でストンプを踏んでいるのはギターのベースと連動していて、上半身で横にちょっと揺れたりするのが声と連動している。その横揺れで、ギターが8分音符で刻んでいるのに対して、ボーカルがクったりとか。シンコペーションは上半身の横の揺れでコントロールするみたいな感じですね。頭だけじゃなくて、全身を使ってグルーヴを生み出す感覚です。

齊藤ジョニー

言葉じゃなくグルーヴが説明してくれる

──グルーヴという点では、「ヘッドフォンガール」が異彩を放つ1曲です。

 「ヘッドフォンガール」だけが例外的にノリが違う曲ですよね。ほかはカントリーやブルーラスの1拍目、3拍目に重心を置くノリですけど、これだけはファンクやR&Bのグルーヴに挑戦した曲で。今回はグルーヴというテーマの延長で、自分が普段やっている音楽とは逆のノリにもトライしたかったし、それも乗りこなせるようになりたい欲があったんです。

──ブルーグラスやカントリーとは違うグルーヴという点で苦労したポイントは?

 単純にカントリーやブルーグラスが染みつきすぎちゃっていたところですね(笑)。カウントの取り方とか、何から何まで違う。だから録り始める前に、自分がそのノリに入ったなって感じるところまでモードを作らないといけなくて。録音ボタンを押してから曲をスタートさせるまで、10分ぐらいノリを作りながら……。だからけっこう時間がかかっているんです。で、いい感じっていう時に限ってミスったり(笑)。そこからまたやり直すのが、クリック使っていない作り方ならではっていう感じがしました。

──今回書き下ろされた曲の中だと「終電車」が個人的に一番好きでして……。

 あぁ~、僕も好きなんです(笑)!

──歌は余韻を残して終わりつつ、ラスト1分近くあるエンディングがドラマチックです。

 ストロークでギターが歌うっていう、その切なさが欲しかったんですよね。で、最後は特に尺は決めていなくて、こんな長くやるつもりもなかったんです。だけど呼ばれるように、終わりの見えない線路がずっと続いていくような感じで。ギターが歌いたがっているなっていう感覚に従うまま、延々とストロークを刻み続けたんです。だから、この構成に関しては狙ってなったものではなく、結果的にすごく効果的になった感じですね。

──今回は再録曲もありますが、「空中ブランコ」は以前と比べてリラックスした、いい意味で肩の力が抜けたようなグルーヴを感じました。

 作ってから何年か経って歌い方がわかる曲っていうのがあって、今回の「空中ブランコ」がそうなんですよ。もともとギター・リフありきで作っていて、そこから転がり始めるグルーヴ、その音楽的な力学を自分の中でちゃんと受け止めて表現できるようになったんですよね。

 で、この曲は一時期ぱったりと歌っていなかったんです。サウンドをメインで作った曲なので、歌詞にはそこまで深い意味がなくて、どういう気持ちで歌ったらいいのかわからなかったんです。でも今回、言葉じゃなくグルーヴが説明してくれるって開き直れたのが大きいかなと思います。

──リフも以前はロックな雰囲気だった気がするんですけど、今回はもう少し大きい流れのグルーヴに変わったのかなと。

 それはあると思います。前はやっぱり刻む意識がすごく強かったんですけど、今回は揺らすっていうか、ブランコのようにスイングさせるようなイメージがすごくあって。

──奏法面で意識したことはありますか?

 弾いていることは変わらないんですけど、低音弦側と高音弦側の弾き分けは意識しましたね。今までは全部均等に鳴らすようなイメージだったんですけど、今回は低音の鳴らし方にすごくこだわっていて。なるべく低音の部分を豊かに鳴らすイメージで、最初の重心を作る。そこでうまく重心がハマってくれたら、三拍子の意味が出てくるっていう感じですかね。

齊藤ジョニー

長渕さんの現場でももらったタカミネを使いました

──前作のインタビュー時(アコースティック・ギター・マガジンVol.99掲載)には、森山直太朗さんとの活動が曲作りに影響したというお話がありました。そして今作までの間には、長渕剛さんのツアー・サポートというビッグ・トピックがあります。長渕さんのツアーへの参加で受けた影響は?

 “歌いたいことを歌う”っていう、その基本を徹底して貫くメンタルの強さ。どんなテーマであろうと、人がどう思うとかよりも自分が言いたいことを最優先にするエネルギーですね。長渕さんは40年以上それを続けてきている方で、そのエネルギーを直に見た、そして触れた、浴びたっていう経験は大きい。

 自分はバランスを取りたがる性格で、万事脇を固めて整えていくようなタイプだったんです。それによって行き詰まってた時期もあって。でも、シンガーソングライターとして曲を紡ぐっていうことは、その強さがとても重要なんです。

 極端に言うと、自分から出てきた言葉であれば何でもよくて、それでも歌う。で、それが世の中に受け入れられるかどうかは結果でしかない。受け入れられることを狙ってできる人もいるかもしれないんですけど、少なくとも自分にはできないし、できないことのために気持ちを偽ってもしょうがないと思ったんです。まぁ当たり前のことなんですけど、意外と長年やっているとそういう原点みたいなのを忘れていく。そのことで蹴りを入れられたような感覚がありましたね。

 長渕さんの作品を改めて過去の曲までさかのぼって聴いてみたんですけど、やっぱり長渕さん自身の人間性とちゃんとリンクしてるし、嘘がない。それを40年ずっとやってきたっていう凄みに触れて、シンガーソングライターとしての原点を改めて考えさせられました。

──さて、今回はレコーディングからマスタリングまで自身で担当したそうですが、宅録環境について教えてください。

 DAWはPro Toolsを使っていて、オーディオ・インターフェースはフォーカスライトのScarletteっていう安いやつなんですよ。マイクはノイマンのU87とギター単体用でシュアのSM57。で、フォーカスライトのプリアンプをかましています。あと、ギターは一応ラインでも録りましたね。

──ライン音を使った部分があるんですか?

 けっこうあります。やっぱりラインの音って“面”のイメージが強くなる。だからロー成分のコントロールでラインの音が意外と重宝して。「坂の上」は最初まったくラインのない音から始まって、2番からラインを活かしたりしています。

──使用したギターは?

 マーティンのD-18のほかに、実は長渕さんの現場でももらったタカミネを使いました。書き下ろしの曲に関しては、ほぼタカミネで弾いたかも。タカミネってレコーディングというよりライブで使われるイメージだったんですけど、今回はギターと声を同時で録るうえで、めっちゃバランスが良かったんですよ。

 あと、曲のテーマ的に“上京したての~”みたいなノスタルジックな世界観がある中で、“あの頃聴いた”、“あの頃弾いてたな”みたいな懐かしい質感がマッチして。今作で重要なギターになりましたね。

──では最後に今作でアコギ弾きに聴いてほしいポイントを聞かせてください。

 もしこのアルバムを聴いて、“なんとなく気持ちいいな”とか、“すっと入ってくるな”って思ってくれた方がいたら、グルーヴの部分に注目して聴いてもらいたいですね。ギターと歌だけで、ここまでできるんだよっていうところを。

 派手さはないんですけど、味噌汁の出汁が効いてる部分みたいなところ感じ取ってもらえたらなって。で、僕にとってはその出汁のような部分がグルーヴだと思うので、そこを感じていただけたら嬉しいですね。

『キミと坂道』齊藤ジョニー

Track List

  1. クレヨン色の世界
  2. 坂の上
  3. ヘッドフォンガール
  4. サヨナラは風景
  5. 空中ブランコ
  6. 雨男と晴女
  7. 終電車
  8. 春は君の忘れ物
  9. 私の青空 ~cover~
  10. 悪者

自主リリース/2025年2月2日リリース

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