矢後憲太がベスト・アルバム『10』を語る 再解釈した過去楽曲の“変化”と、自然と表出した“今の自分”

2014年に『85.』でデビューしてから10周年を迎えた矢後憲太が、2024年の“矢後の日”=8月5日にベスト・アルバム『10』をリリースする。

本作では、新たに2曲を書き下ろし、ファンによる人気投票を参考に選んだ13曲も再びレコーディング。現在の感性で再解釈した矢後の代表曲を、たっぷりと味わえる1枚に仕上がっている。

今回は矢後本人による全曲解説という形で、各楽曲のこだわりや、すでにリリース済みのバージョンとの違いについて見ていこう。

取材・文=角 佳音

10

10周年記念アルバムの冒頭を飾る新曲

矢後憲太 10周年を記念した作品の冒頭を飾る曲を書こうと、最初から決めていたんです。ただ、“10周年おめでとう!”ではなく“自分のキャリアの中ではまだ10年だ”という感覚の曲で。以前よりは前に進んでいるけど、まだ自分は変化の最中にいて、漂ってるような感じ”を詰め込みました。

 それに、今の自分がいるのは、すぱっと割り切れないような、いろんなことが複雑に絡み合った結果で。その感じを出すために、コードのモヤモヤ感や、メロディがすっきりしすぎないように意識して、しっとりと仕上げたかったんです。

 あと、今の自分のプラットフォームで書きつつ、初期の匂いも出したかった。なので、1st作『85.』(2014年)でも多用していたDADGADチューニングで、2曲目の「にびいろの風」(『85.』収録)につながるように合わせたんです。

にびいろの風

呼吸や間の取り方に落ち着きが出た

矢後 「にびいろの風」は初期にリリースしたアイコニックな楽曲で、自分のストーリーはここからスタートしたと考えているんです。なので、アルバムはこの曲から始めたいという思いがあって、「10」と流れがつながるようにしました。

 ただ、より落ち着いた雰囲気に変化させたくて、キーは、以前のバージョンから半音下げにしています。10年前にリリースした「にびいろの風」はキラキラしていたんですけど、今はもうそんなにキラキラしてないなと思ったので(笑)。

 楽曲のテーマや、弾く時に思い描くイメージは変わっていないので、プレイで意識的に変えたところはないんです。でも、客観的に聴いてみると、呼吸や間の取り方にも、複雑な何かを醸し出すような落ち着きが出ていることに気がつきました。この10年の重みというか、貫禄を感じますね。

85の夏

“夏の暑さをご機嫌に感じたい”というコンセプト

矢後 この曲はファンの方からの人気が高く、今回、収録したんですが、以前の音源から大きく変わっていますね。

 というのも、10年前に収録した時は、スタジオが海の前にあったんです。だから、“夏のビーチ”みたいなイメージで、ハイテンポで前のめりに弾いたんですけど、10年経って、息切れしちゃって(笑)。なので今回は、バカンスのように“夏の暑さをご機嫌に感じたい”というコンセプトで、引っ張ったグルーヴにしています。

 あとは1959年製のGibson LG-1を使って、枯れたサウンドで演出してみました。それも相まって、音楽ジャンル自体が変わったようにも感じますね。この10年で、常に違うもの、新しいものを聴いて、自分の中のノリやグルーヴ感が変化したんです。そういった変化が反映された曲でもあると思います。

Ocean

オーシャン・ブルーに投げ込まれたような没入感

矢後 4thアルバム『Storyteller』(2023年)、シングル「Ocean」(2022年)のバージョンよりも“深い海”感を出したかったんです。それで、今回はリバーブもかなり深めにかけていて。オーシャン・ブルーの中に投げ込まれたような没入感を演出しています。

 デビュー当初は、ギターの音を“軽い塩こしょうだけの料理”として出したかったんですよね。ライブではいろんな演出をしたとしても、音源ではギターの音が9割くらい聴こえればいいと思っていたんです。でも今は、使えるものは全部使って自分が出したい世界を表現する、という考えに変わりました。

 あと、この曲で使ったSAKATA GUITARSのD-28Bは、深く満たされて包まれるような音色なのに、音自体はパーンと速く飛んでいくんです。それが“深い海”の演出にぴったりでしたね。

you / 流星に祈る

全然初恋っぽくなくなりました(笑)

矢後 この2曲は、ストーリーとしても、曲想や響きとしてもつながるので、「you」が収録されている4thアルバムのリリース当初から、ライブではよくつなげて弾いていたんです。その演出が人気なので、今回、トラックに反映させてみました。

 もともとは、どちらもスチール弦の曲だったんですが、今回は、神代木で作られているOkita Guitars LOM Classic Jomonというナイロン弦のギターを使用していて。指の当て方やかけ方、押し出す加減がスチール弦とは全然違うので、よりしなやかに、たわむようなイメージで、感情の部分をしっとりと出すみたいな表現になったかなと思っています。

 実は「you」は、初恋をテーマにした曲なんですよ。でも、柔らかい音色のナイロン弦で、キーを下げて弾いたら全然初恋っぽくなくなっちゃいましたね(笑)。

遠き春

“10年経っているから、どうせ変わっているだろう”って

矢後 2022年にナイロン弦のバージョン「遠き春(Classical Guitar Ver.)」を出していますが、スチール弦で弾くのは1stアルバム以来です。“10年経っているから、どうせ変わっているだろう”というコンセプトで、あえてその頃とあまり変えずに弾きました。

 ギターも当時と同じM-FactoryのDで弾いたんですが、ずっとメインで弾き込んできたので、音が変わってきていて。最初は“お前に私は鳴らせないよ?”みたいな強情なギターだったのが、鳴りがオープンになって弾きやすくなってきたんです。

 それから、「遠き春」は桜吹雪が舞う情景をイメージした物語調の曲なんです。なので、最後は桜の花びらがひらひらと落ちる様を表現したくて、シャカシャカ〜って指の皮膚で撫でるようにピッキングをして、ぼかすように終わらせました。

こころ

これまでに出会ったギターとのつながりを詰め込んだ

矢後 オリジナルと変えようと考えた部分はなかったんですが、“変わっても良い”と思ってOGINO GUITARSのOMF “Lucy”で弾いてみたんです。当時よりもあっさり聴こえるかなと思ったけど、前よりエモーショナルで。全然雰囲気が変わって、自分でも不思議でした。

 このLucyは、僕の要望で荻野さんに作ってもらったファンフレットのモデルなんですが、低音が響きやすく、この曲のエモーショナルな雰囲気によくマッチしたと思います。

 それと実は、Journey Guitarsからいただいたトラベル・ミニ・ギターのOF310で録ったハーモニクスのトラックも重ねているんです。これは、プライベートで山に行く時などに使っているギターですね。

 この10年で出会った色んなギターとのつながりを詰め込みたいという思いがあったので、感謝の思いも込めて、今回はこの2本を使ってみました。

Once upon a time / Storyteller

“新しい矢後憲太”を感じられる1曲

矢後 『Storyteller』の1〜2曲目で、アルバムでもライブでもつながるように弾いているので、まとめて収録してみました。なので、尺の調整もあって、それぞれの似て非なるフレーズも一緒にしたり、大胆に変えていて。コアなファンほど“うわー、そうきたか!”みたいに感じるかもしれません。

 あと、2023年にBourgeoisとエンドースをして、色々なイベントで弾いているんですが、B-Blues L-DBOっていうギターをめちゃくちゃ気に入ってしまって。どこかで使いたいと思っていたんですが、この曲を弾いた時に直感的に合うと思ったんです。

 それでギターに最適なキーを探して、6弦からCGCGCDっていうオープンC9チューニングにして。そうやって楽器にインスパイアされて、“新しい矢後憲太”が感じられる楽曲になりましたね。

Somewhere

“アメリカの田舎”をテーマに、よりトラディショナルに

矢後 「Somewhere」は、僕の中でも人気の楽曲です。カラッとしていて気持ちがいいリズム系の曲で、今回はそれをさらに“リズムを、リズムを”という風に、トラディショナルな雰囲気を出すことを意識して再録しました。それに合わせて、テンポを以前のバージョンよりも抑えています。

 この曲では、BourgeoisのThe SoloistというOMカッタウェイを使っています。すべてを兼ね備えたギターなんですが、素性はトラディショナルなので、ジャーンって鳴らしただけで、“アメリカがきた!”みたいなサウンドが出るんです。

 曲自体も“アメリカの田舎”をイメージしていて、ブルーグラスやカントリーのエッセンスが入っているんです。なので、よいマッチングになったんじゃないかと思います。

矢後憲太とBourgeois OMC Soloist
矢後憲太とBourgeois OMC Soloist

Something Blue

ギターからくるインスピレーションで、弾き方が変わった

矢後 BourgeoisのBlues L-DBOが好きで好きで、活躍の場を探していたら「Something Blue」にもハマったんです。なので、このギターありきでスタートしていますね。

 元のバージョンから何かを変化させようという気はなかったんですが、このギターからのインスピレーションで、テンポや間の取り方、弾き方がまったく変わってしまって。それに、ギターが一番輝くゾーンを考えたら、キーも上がって、7カポとかで弾いたので、めっちゃ弾きづらいんですよ(笑)。

 ギターのおかげで深みを求めるような弾き方になったんですが、キーが上がっているのと、楽器の特性もあって、ほどよくあっさりしてクドくない。オール・マホガニーなのに、爽やかに抜けるのにはびっくりしました。

 楽器を持った時のフィーリングを大切にするようになったから新しい世界が見えた、っていう感じがありますね。

elevation

独特の、何口でも食べられるカロリー感に仕上がった

矢後 これも“変えないで弾いても、変わるんでしょう?”という試みでしたが、やっぱり全然変わりました。「Something Blue」と同様に、楽器が持つ特性などで質感や弾き方が変わったトラックです。使ったのはOGINO GUITARSのOM “Lily”ですね。

 この曲はもともとエモーショナルで、どうしても情熱的な方向に行きがちだったんです。毎回ライブで弾く時にも、“カロリーが高いな”と思いながら弾いているくらいで(笑)。

 でもLilyを使ったところ、爽やかさが出て、新しい世界観になりました。独特の、何口でも食べられるカロリー感に仕上がったんじゃないかなと思います。

 荻野さんのLucyを使っていますけど、Lilyはさらに自分とマッチングが良くて、アルバムのどこかで使いたいなと考えていたんですよ。このギターを使うことで、曲の質感が変化しましたね。

Never Ever

今回の「Never Ever」が“真の姿”

矢後 実は今回の「Never Ever」が“真の姿”なんです。というのも、前回この曲を収録した『Storyteller』は、“全部を聴くと物語になる”というコンセプトだったので、各楽曲を作品の1章として、前後のつながりを大事にしながら質感を調整していて。

 でも、1曲を切り取ってシングルで出すならこうしたい、というのは別にあったんです。それで、大きく変えたわけではないんですが、ゴスペル由来の“ワン・ツー”みたいなリズムに特化させました。コンテンポラリーな感じというか、“このジャンルはこういうノリだよね!”ってみんなが安心してノレるように、よりすっきりと明確にした感じです。

 それから、ギターもGreenfield GuitarsのG2に変えました。前作は被りを考えてM Factoryのギターで弾いたんですが、本当はG2を使いたかったんですよ。そういった意味でも“真の姿”ですね。

ヒロガルセカイ

推進力あるグルーヴと沈み込むようなリズム感

矢後 細かいことは考えずに、今思いっきり弾いたらこうなった、という感じです。聴いている人が身体を持っていかれちゃうような推進力のあるグルーヴで、沈み込むようなリズム感に変わっています。

 この曲はライブで盛り上がった時に投入することが多いんですが、何年もやっているうちに、だんだん弾き方が変わってきて。よりリズムで持っていくようになったんです。

 リズムが変わると、一個一個の発音の仕方や強弱だったりも全部変わるじゃないですか。そういうものが積もり積もって、今回のような新しい形になりましたね。

 ひとつ前の「Never Ever」が壮大に決まってしまうので、そのあとが「ヒロガルセカイ」だと聴き劣りしちゃうかなと思ったんですが、全然そんなことなくて。むしろこれで盛り上がっていく感じになりました。

Remember

内省的なテーマを“枯れたおじいちゃんみたいな音”で表現

矢後 この曲は、意図的に質感を変えました。2020年にシングルでリリースして、『Storyteller』にも収録しているので、今回は積極的にまったく違う風にしていいなと。

 だからギターも1959年製ギブソンLG-1を使って、キーもめちゃくちゃ落として落ち着いた雰囲気を演出してみました。この曲は内省的なテーマなので、“枯れたおじいちゃんみたいな音”でお届けしたかったんですよね。

 それにLG-1は歌う人がよく使うギターですが、ラダー・ブレイシングから出る“ガラガラした感じ”は、フィンガースタイルにも合うなと思ったんですよ。

 フィンガースタイルは、ギターと楽曲の親和性=プレイアビリティ、という風になりがちな気がしていて。でも、“楽器が変われば、弾き方も変わるよね!”くらいのラフさでいいなと思ったんです。そういう違いも楽しみながら弾きましたね。

85

10年間を駆け抜けていくようなメドレー

矢後 この「85」は、10年間で書いた曲をメドレーにしてあるんです。12曲くらいが入っているはずですね。今作の収録曲は、ファンの方にとった人気曲アンケートの結果と、自分の願いをもとに選んだんですが、どうしても入れたかったけど入らない曲もあって。それらを全部つなげたのがこの曲なんですよ。

 だから、普通に聴くとまったく一貫性がなくて、“なんだこれ?”ってなると思うんです。でも実は、僕なりのロジックはあるんですよね。

 1stアルバムのトラック1「夢の旅路」から始まって、昨年リリースした4thアルバムの最後のトラック「夢のつづき」で終わるようにしてあるんです。この1曲で、10年間を駆け抜けていくようなイメージで作りました。

矢後憲太

ベスト・アルバム『10』をふり返って

矢後 1st作をリリースしてからの10年で、音楽への関わり方や感じ方、ギターという楽器に対する見方が変わって、それに合わせてプレイスタイルやこだわる部分が目まぐるしく変わっていったんです。それで、この10年間で貯めてきた曲を、今の自分が新しく解釈し直してみたんです。

 ただ、こういう作品を作りたい思いは昔からあって。というのも、押尾コータローさんが10周年の時に過去曲を再録したベスト・アルバム(『10th Anniversary BEST』/2012年)を出していて、それが頭に焼き付いていたんですよ。

 そのアイディアを母体にしながら、僕なりにこれまでの曲を再解釈して、ただ弾くだけではなくてメッセージ性も込めたんです。

 その中にはふり返りの要素もあれば、今の自分を見せたり、あるいは人とのつながりや出会いで生まれた新しいスタイルを見せたり。そういうもの全部を詰め込んだプロダクトとして、いろんなことをやりたかったんですよ。なのでちょっと手間はかかったんですけど、こんな風にやってみました。

『10』矢後憲太

『10』矢後憲太
矢後憲太/2024年8月5日リリース

Track List

  1. 10
  2. にびいろの風
  3. 85の夏
  4. Ocean
  5. you / 流星に祈る
  6. 遠き春
  7. こころ
  8. Once upon a time / Storyteller
  9. Somewhere
  10. Something Blue
  11. elevation
  12. Never Ever
  13. ヒロガルセカイ
  14. Remember
  15. 85

関連リンク
公式HP:https://www.85kenta.com/
配信URL:https://linkco.re/BCszVnv0

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