ソブリンH1260が生み出した「天国への階段」
少し前まで、ギターを手にしたらまずコピーしてみるロックの名曲と言えば、レッド・ツェッペリンの「天国への階段(Stairway to Heaven)」であった。あまりにも多くの人がこのイントロを弾くため、楽器店の試奏でこのフレーズが禁止されたというジョークがあったほど。
1971年のアルバム『Led Zeppelin IV』に収録された「天国への階段」のレコーディングで、ジミー・ペイジが使用したアコースティック・ギターは、ハーモニーのソブリンH1260だった。

イントロに登場するAmのクリシェ進行、徐々に盛り上がりギター・ソロでクライマックスを迎える楽曲の構築美など、クリエイターとしての力量が全開となったこの曲において、最も印象的なアコースティック・サウンドを響かせているのが、ギブソンでも、マーティンでもなく、“廉価ギター”と言われていたハーモニーだった点に注目したい。
ジミー・ペイジがソブリンH1260を手に入れたのは1960年代後半、ヤードバーズを脱退し、レッド・ツェッペリンを結成した頃とされている。中古楽器店でたまたま見つけて、そのサウンドを気に入ったようだ。“このギターの響きが「天国への階段」の最初の一歩を導いてくれた”と米ギター誌のインタビューで語っているほどで、かの名曲はこのギターにより大半が書き上げられ、アコースティック・ギター・パートのレコーディングにも使用された。
ハーモニーでしか出せない素朴な響き
ハーモニーは、1892年にアメリカのシカゴで創業。カタログ通販で販路を拡大し、1950年代以降は米国最大級の楽器メーカーのひとつとして、多くのギターを製造するようになる。ギブソンやマーティンに比べて価格が手頃だったことから、ブルースマンを始め多くのミュージシャンに愛用された。ザ・ローリング・ストーンズのキース・リチャーズがデビュー当時にフルアコのミーティアH70を使用していたことでも知られている。
1970年代に入り、アジア製の大量生産のギターとの販売競争に敗れ、1975年に倒産。そのあと、ブランド名のみ何度か再利用されたのち、ヘリテイジ・ギターズなどを取り扱うバンドラボ社によって2018年に復刻。レトロで個性的なデザインのギターをラインナップしている。
ソブリンH1260は、ハーモニーの最上位アコースティック・ギターとして1958年に発売された。マーティンの000のくびれをゆるくしたようなジャンボ・ボディ・スタイルで、スケールはマーティンのロング・スケールに近い642mm、ネックは14フレットでボディにジョイントされている。
ボディ・トップはスプルース、サイド&バックはマホガニー、指板とブリッジはハカランダを採用。Xブレイシングではなく、ラダー・ブレイシング構造で、ブリッジは、弦をピンで固定する一般的な方式ではなく、ピン・レス・ブリッジと呼ばれるブリッジ後方の穴から弦をとおすようになっていた。生産性を高めたこれらの仕様が、サウンド面にも影響を与えて、マーティンやギブソンとはひと味違った素朴な響きを生み出していたのだ。

さまざまな楽曲の誕生の裏側にソブリンの存在が
アコースティック・サウンドを大胆に取り入れたレッド・ツェッペリンの1970年発表の『Ⅲ』の「Friends」、「That’s the Way」のサウンドもソブリンH1260を使用したと言われている。
1971年の初来日公演を含む71〜72年のツアーでも使用された。これ以降は、マーティンのD-28やギブソンのJ-200を使用する場面が増えるが、1976年発表の『Presence』のためのホーム・スタジオのセッションでは、ソブリンH1260をたびたび使用していたという。
ジミー・ペイジは、エレキ・ギターにおいても、入門用の廉価ギターとされていたダンエレクトロの3021をあえて選び、変則チューニングにして「Kashmir」で印象的なサウンドを残してきた。その選択は、サウンドを最優先に考えて、楽器を選ぶ柔軟な感性を持っていたことを物語っている。
アコースティック・ギターにおいても、ハーモニーの持つ独特のトーンに、他にはない輝きを見い出したのだろう。ギターの真の価値は、ブランドや価格ではなく、楽曲に必要とされる音を響かせられるかどうかにある。ジミー・ペイジは、歴史的名曲における実際のプレイによって、それを証明してきた。ソブリン H1260は、そのスピリットを象徴する1本と言えるだろう。